この水に100万市民の命がかかっていた…ローマ帝国の水道「驚愕の精密さ」
古代ローマの時代、ローマ水道が建築されました。6月24日は、そのうちの1本であるトラヤナ(トライアーナ)水道が完成した日です。 【画像】ノートルダム大聖堂…火災で発見された「建築史上の大発見」 ローマ帝国は、帝国内の各大都市において水道を建設しましたが、なかでも最大の都市ローマには、500年あまりにわたり、11本もの水道が開鑿(かいさく)されました。このうち、トラヤナ水道は、帝国内の公共施設の強化に努めたトラヤヌス帝(在位期間は98年 ~117年)の時代、紀元109年にローマへの10本目の水道として完成したものです。 トラヤナ水道は、初期に造られたアッピア水道(紀元前312年)やアルシエティーナ水道(紀元前2年ころ)の水量や水質に問題が生じてきたために、造られました。ローマの北西30kmほどのところにあるブラッチャーノ湖で取水され、テヴェレ川を越えて、トラヤヌス浴場のあったオッピオの丘に達していました。 その後、ローマ帝国の衰退・滅亡にともなって荒廃していき、6世紀の東ゴート族によるローマ侵入に際して破壊されてしまいました。 時を経た17世紀、ローマ教皇パウルス5世により再建され、パオラ水道として復活、今もローマの代表的な噴水として有名な「アクア パオラ」を潤します。 トラヤナ水道については、伝える史料も残された遺構も少ないため、その詳細は窺い知ることができません。しかし、世界遺産に登録された、フランス南部・ガール県のガルドン川に架かるポン・デュ・ガール(ガール水道橋)のように、その威容を今に伝える遺構も存在します。 今回は、現代のハイテクを知り尽くす実験物理学者・志村史夫さん(ノースカロライナ州立大学終身教授)による、ブルーバックスを代表するロング&ベストセラー「現代科学で読み解く技術史ミステリー」シリーズの最新刊、『古代日本の超技術〈新装改訂版〉』と『古代世界の超技術〈改訂新版〉』から、古代ローマの「超技術」についての解説をお届けしましょう。