共産党大会に首脳会談 北京で思う米中「大国」関係、民主主義、そして日本
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中国でトランプ氏が論じられる場合、国際社会からの「離脱」という文脈で語られることが多い。その上で「今こそ中国が国際秩序を支えていかなければならない」という使命感と自負心が混ざり合ったような言説が続く。
もちろん、権力から遠い一般庶民になればなるほど、そうした大国的自我にはむしろ嘲笑的にさえなるのだが、有識者にせよ、メディアにせよ、「公=権力」に近くなればなるほど、国際主義と愛国主義の境界線は曖昧になる。 今回の滞在中、おそらく最も耳にしたのは「パリ協定」と「一帯一路」という単語である。前者は「米国第一主義」(”America First”)という名の孤立主義(”America Alone”)へと走る米国の象徴として。後者は米国に代わり国際秩序の担い手を目指す中国の象徴として。トランプ氏の米国内での窮状(深まるロシア疑惑、歴史的な低支持率、オバマケア改廃の頓挫、税制改正の難航など)も詳報されていた。
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もちろん、そうした中国側の認識や言説をそのまま受け止める必要はない。 今回の訪日でトランプ氏が「自由で開かれたインド太平洋(※2)」という日本政府が唱えてきた表現を用いながらアジア太平洋地域を地政学的に位置付けたことは注目に値する。第二次世界大戦後、日本の外交戦略概念を米国が援用したのはおそらく初めてではないか。インドやオーストラリアなどと連携しながら中国の一方的な現状変更を抑止することは「法の支配」という国際規範を守ることでもある。 その一方で、米国が孤立主義に走り、「リベラルな国際秩序」( “liberal international order”)――政治的には独裁主義や権威主義、経済的には植民地主義や保護主義を排した、自由主義に基づく世界――に引き続き関与するよう働きかけることは日本の大切な役目だ。 パリ協定から離脱すれば米国の企業は不利益を被る。TPP(環太平洋経済連携協定)やNAFTA(北米自由貿易協定)から離脱すれば米国の農業は打撃を受ける。理念よりも実利に訴えながら、多国間の枠組みが米国にとって「足枷」ではないことを示し続けてゆく必要がある。 その意味ではEU(欧州連合)やASEAN(東南アジア諸国連合)とのEPA(経済連携協定)を通して日本が自由貿易のネットワークを広げ、米国の経済界や農業界からトランプ政権への圧力が増す形で、同政権の軌道修正を誘うことは戦略的にも意義がある。 安倍政権について日本国内では賛否両論が飛び交う(それは健全なことだ)。ただ、国際政治の観点からすれば、今日の先進民主主義国で政治的に最も安定している大国は日本であり、安倍首相とトランプ氏の緊密な関係を羨む声は多い。日本にとっては国際社会における存在感を示す絶好の機会とも言える。 加えて、日本を取り巻く安全保障環境(北朝鮮の核ミサイル開発や中国の軍事的台頭、米国への防衛依存度の高さなど)を考えると、日本とヨーロッパでは対米外交の土台が異なる。日本には、米国と「対峙」するよりも、むしろ米国と「協調」しながら(必要に応じて)、いわば「内側」から米国の軌道修正や妥協を促してゆく手法がより現実的だろう。 そうした思いを抱いた北京滞在だった。 (※1)…古代ギリシャ時代のスパルタ(覇権国)とアテネ(新興国)の長年わたる争いに由来する仮説。2015年にオバマ大統領が習近平首席との米中首脳会談で「『トゥキディデスの罠』という説に私は賛同しない」と言及した。 (※2)…安倍晋三首相が2016年8月にケニアで行われたアフリカ開発会議(TICAD)で提唱した外交戦略。インド洋と太平洋で結ばれるアジア・アフリカ地域の安定と繁栄を目指す。
-------------------------------- ■渡辺靖(わたなべ・やすし) 1967年生まれ。1997年ハーバード大学より博士号(社会人類学)取得、2005年より現職。主著に『アフター・アメリカ』(慶應義塾大学出版会、サントリー学芸賞受賞)、『アメリカのジレンマ』(NHK出版)、『沈まぬアメリカ』(新潮社)など