「9億6000万円のバナナ」を50円で売った移民、その涙のわけ「私は貧しい人間です」
2024年11月20日、1本のバナナが9億円以上の価格で落札されたニュースに、世界中が驚いた。だが、おそらく誰よりも驚いたのは、そのバナナを約50円で売った売店の売り子だろう。オークションハウスの目の前の売店でバナナを売る、バングラデシュ出身の74歳。ルームシェアをして暮らし、1日12時間働く。「アート界の不条理」をからかう回りくどい作品よりも、その男性の語るストレートな言葉に、世界の不条理を感じざるを得ない。 【画像】9億6000万円で落札されたバナナ作品「コメディアン」 米ニューヨーク、マンハッタンのフルーツスタンドで働く、シャー・アラム(74)。彼はバナナを1本35セント(約53円)、4本なら1ドル(約150円)で売る。彼の店は、米大手オークションハウス「サザビーズ」の前にある。建物の中では、芸術品が数百万ドルでやりとりされている。 2024年11月20日、アラムが売った1本のバナナが、そのすぐ後、芸術作品の一部としてオークションにかけられ、624万ドル(手数料込み、約9億6000万円)で落札された。 数日後、同じ場所でバナナを房から外しながら、アラムは自分の売ったバナナがどうなったかを記者から知らされた。ダクトテープで壁に貼られたバナナは、イタリア人芸術家マウリツィオ・カテランの作品として、暗号通貨プラットフォームの創業者で中国人コレクターのジャスティン・サンに売られた。 その価格を聞き、アラムは泣きはじめた。「私は貧しい人間です」と声を震わせる。「そんな大金は手にすることはおろか、見たことすらありません」
「高値がつけばつくほど、本来のコンセプトが強化される」
美術品となったバナナの歴史は、2019年、国際的アートフェア「アート・バーゼル・マイアミ・ビーチ」で初めて展示されたことから始まる。「コメディアン」と名付けられたそのコンセプチュアル・アートは3点制作され、カテランのこれまでの作品の例に漏れず、アート界の不条理を暗にからかうものだ。 この作品には、バナナをどうやってテープで貼り付けるか、また、バナナが腐った際の交換についての詳細を記した取り扱い説明書が付属する。 マイアミでは、それぞれ12万~15万ドル(現在の為替レートで約1800万~2300万円)で販売されたバナナを見ようと大量の客が押し寄せた。カテランは「芸術とは何か、そして芸術がどう評価されるのか」という議論が巻き起こることを喜んだ。 そして2024年11月20日、壁に銀のダクトテープで貼られたバナナの入札は80万ドル(約1億2000万円)から始まった。5分も経たずして7人の入札があり、価格は500万ドル(約7億5000万円)を超えた。 サザビーズでのオークションにあたり、作品を制作したカテランに売り上げ金は入らない。それでも、「正直に言って、素晴らしい気分です。このオークションは、アート・バーゼルでの発表として始まったものを、さらに不条理な世界的なショーへと変えた」とコメントしている。「高値がつけばつくほど、本来のコンセプトが強化されるのです」 落札したジャスティン・サンも自身のXアカウントで、このバナナの「誇り高き所有者」になれたことを光栄に思うと書き、「この作品は将来、より多くの考えや議論を巻き起こし、歴史の一部になると信じています」と述べた。
Sarah Maslin Nir