“中学生でプロとスパー”井上尚弥の衝撃「こんな動きをする子が…天才だ」元世界王者・川嶋勝重に聞く「大橋ジムが“最強”を生み出せる理由」
天才中学生・井上尚弥の衝撃「避ける感じは今と一緒」
川嶋がアマ出身の後輩たちに感心した一方で、のちに世界3階級制覇を成し遂げる八重樫も川嶋のプロとしての凄みに触れた経験を記憶している。川嶋の世界タイトルマッチに向けた1週間の走り込み合宿に参加したときのことだ。 「合宿2日目まで、僕は川嶋さんよりちょっと速く走っていたんです。でも、3日目になるとハードなトレーニングで体が壊れてくる。スピードも落ちてくる。そこで川嶋さんは落ちないんですよ。1週間変わらない。だからどんどん差が開いてくる。川嶋さんは練習に対する姿勢がいつも100%なんです。最後に落ちかけても、もがいてがんばる、食らいつく。そういう姿を見て、この背中はデカいなと思いましたね。川嶋さんの背中を見ていたから、自分も一生懸命トレーニングできたのかなと思います」 川嶋が大橋ジムの第一世代とするなら、八重樫たちが第二世代だ。そして井上尚弥をはじめとする第三世代へとバトンは引き継がれていくのだが、キャリア終盤に入った川嶋が中学生だった井上の姿を鮮明に覚えているというのは興味深い。 「2007年くらいだったと思うんですけど、中学生だった井上選手がジムに来ていたのを覚えています。プロの選手とスパーリングをしていて、『うわっ、こんな動きをする子どもがいるんだ』と驚きました。まだ中学生なので力強さはなかったんですけど、避ける感じとかは今と一緒です。打って避けて、打って避けての動きがすごかった。こういう子を天才と言うんだなと感じました。ギリギリで避けるって努力じゃできない。僕だったらパンチが見えていても、どこまで届くか分からなくて怖いんですよ。見え方が違うんだと思いますね」 川嶋は2005年7月、徳山昌守との再戦に敗れて王座陥落。その後、3度世界戦のリングに上がり、08年1月にWBAスーパーフライ級王者、アレクサンドル・ムニョスへの挑戦に敗れた試合を最後に引退した。
「強い相手に勝ってナンボ」大橋ジムの魅力とは
川嶋は現在、都内で妻とアクセサリー店を営み、職人として働く傍ら、パーソナルトレーナーとしてボクシングの指導をしている。大橋ジムの土台を築いた人間の目に、現在の大橋ジムはどのように映っているのだろうか。 「みんなすごいとしか言いようがないです。でも、大橋ジムの魅力といったら、やっぱり大橋会長が弱い選手とのマッチメークをしないところだと思います。『強い相手に勝ってナンボ』という考え方が僕は好きです。だからこそ、これだけチャンピオンが生まれたんじゃないかと思います」 ジムの筆頭格、井上尚弥についても聞いてみた。 「井上選手は脚が太い。下半身が強く、ヒザが使えるから、下半身と上半身がうまく連動しますよね。だから強いパンチも打てる。あとはメンタルの強さですね。ここまできて、いまだに高いモチベーションを保っていることに感心します。もし僕が彼だったら、バンタム級に上がったくらいでモチベーションが下がると思うんです。お金もたくさんもらって、高い評価を受けて、人気も出て……普通ならもう“お腹いっぱい”ですよ。それなのに、あれだけの結果を残して、まだ高みを目指すというのが井上選手のすごさですよね」 5月6日、東京ドームのリングに上がった井上真吾トレーナーの胸に、川嶋夫妻の店で作ったグローブ型のペンダントが揺れていた。川嶋から井上へ。時代が流れ、取り巻く環境が大きく変わっても、受け継がれる魂はきっとあるのだろう。 <前編から続く>
(「ボクシング拳坤一擲」渋谷淳 = 文)
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