いまプーチンが最も恐れる“過激派の女スパイ” ユリア・ナワルナヤが語る
プーチンは手放したくなかったから殺した
本書は、最も困難なときにも揺らぐことがない2人の絆の証を明らかにする。ナワルナヤがはじめて刑務所でナワリヌイに面会した際、彼らはできるだけ監視カメラから離れるため、一緒に廊下を歩くことにする。そこでナワリヌイはこう言う。 「聞いて。芝居がかった真似はしたくないんだが、ここから出られない可能性はかなり高いと思う。すべてが崩れはじめて、体制が解体する最初の兆しがあった時点で、奴らは私を殺すだろう。毒を盛る」 「わかってる。私も同じことを考えていたわ」とナワルナヤは言い、夫がその肩の上に感じているあらゆるプレッシャーを取り除こうとした。そのときのことについて、ナワリヌイは回顧録にこう記している。 「その瞬間、私は妻を抱き寄せ、嬉しさにまかせて、力いっぱい抱きしめたかった。ああ、良かった! 涙はなし! こういう瞬間、自分が正しい相手を見つけたと思える。いや、彼女が私を見つけたのか」 その会話から2年後の2022年2月15日が、2人が面と向かって会った最後の日となった。ナワリヌイはまだウラジーミル州ポクロフにある最初の刑務所にいた。このときの面会では2日間、一緒に過ごすことが許された。ナワルナヤはこう思い出す。 「テレビでは冬季五輪のフィギュアスケートを放映していて、ロシアの女子が何人もリードしていました。夫はテレビでスポーツ観戦するのがあまり好きではありませんでした。でもこのとき、私は見るよう彼を強制したんです。とても重要な大会でしたから」 そのころのナワルナヤはまだ夫を取り戻す希望を持っていた。というのもロシアと西側諸国のあいだで、歴史的な規模の囚人交換が計画されていたからだ。ロシア反体制派のチェチェン人を暗殺した罪で受刑中のロシア人スパイ、ヴァディム・クラシコフをドイツがロシアに引き渡す代わりに、米国が引き渡しを求める主要な囚人の一人としてナワリヌイはリストの上位に名前を連ねていた。ナワルナヤはこう説明する。 「私は囚人交換の交渉には携わっていませんでしたが、それが最終的にどうなったかは知っています。プーチンは夫を引き渡さないで済むようにするために、夫を殺したのです。これくらい短い説明で済む、あっけない理由なのです」