いまプーチンが最も恐れる“過激派の女スパイ” ユリア・ナワルナヤが語る
最高の夫であり、父親であり、息子だった
取材には常に消極的なナワルナヤだが、今回は『PATRIOT』の宣伝のため例外的に取材に応じた。本書は、ナワリヌイが亡くなる前の数年間に綴った書で、ありとあらゆる手法によるハッキングの対象になった。 640ページに及ぶ本書のなかで、ナワリヌイは中流家庭で育った子供時代、ガルリ・カスパロフのようなスター亡命者の支援のもとイェール大学で学んだこと、そしてプーチンが権力の座に就いたのをきっかけに政治への関与を深めていったことなどについて語っている。 さらに、ますます権威主義を強めていく政権との10年間に及ぶ対立、毒殺未遂事件から回復したあと、ロシアに帰国して投獄されたこと、そして最終的に、ロシアで最も厳しい施設とされる刑務所で迎える自らの死について、まるでそれが避けられない運命へのカウントダウンであるかのように一人称で語る。投獄から1年を過ぎた2022年3月22日、ナワリヌイはこう記している。 「自分が終身刑になることは最初からわかっていた。自分が死ぬまでか、体制が終わるまでか」 本書には、囚人服のボタンをかけ間違えたというそれだけの理由で2週間、独房に入れられたことも書かれている。さらに独房から出された直後に、手を後ろで3秒間、組まなかったという理由で再度2週間、独房に入れられたという。ナワリヌイが入れられた独房は、精神を病んで24時間、叫び続ける受刑者が収監されている檻房の前にあった。 「睡眠の剥奪は、最も効果的な拷問のひとつだ。しかし今回、正式な異議申し立てはできない。男もまた囚人であり、懲罰隔離棟に入れられているだけ」 そしてナワリヌイはロシアの刑務所制度の階段を徐々に登り、その最上段に到達する。つまりEPKT(懲罰独房)に1年間、収監されたのだ。ナワリヌイはこう書いている。 「EPKTで1年間という懲罰は、すべての刑務所のなかで最も重大な懲罰だ。燃え尽きる寸前のロックスターの気分だ。チャートのトップに躍り出て、次なる目的を見失ってしまったかのような」 このちょっとしたユーモアは、刑務所ですらナワリヌイの魂を壊すことはできなかったことの証だ。それどころか、驚いたことに彼は、厳格なロシアの刑務所にあっても明るい瞬間を見出すことができた。それは日曜の温かなコーヒーだったり、情け深い看守と交わす目くばせだったり、忘れていたギ・ド・モーパッサンの作品を読むことだったりした。2020年の夏、ナワリヌイはこう綴っている。 「唯一、確かなことがある。それは私が地球上で最も幸せな1%の人たち(つまり、自分の仕事を愛し、誇りを持っている人たち)の一人であるということだ。私は仕事をしているとき、その一秒一秒が楽しい」 ナワリヌイの収監条件を厳しくするため、ロシア政府が罪をでっち上げて彼を告発したときのように最も絶望的なときでさえ、ナワリヌイはユーモアのなかに逃げ場を見つけた。 「私は刑務所でのんびりお茶を飲みながら座っているわけではない。私の凶悪犯罪シンジケートは勢力を広げている。私はますます多くの犯罪を犯している」 「ナワリヌイが記したこれだけの手記を、いったいどのようにして刑務所から持ち出したのか」と問うと、ナワルナヤはこう答える。 「夫はとても賢い人でした。最初の1年間は、手紙やそのほかの手段でも、彼と連絡取るのは比較的容易でした。その後、彼は別の方法を思いつきました。でも、ここでその方法を明かすわけにはいきません。いまもまだ反体制派のメンバーが獄中にいますから。明かせば彼らを危険にさらすことになります」 本書では、ナワリヌイとナワルナヤが出会ったときのような、幸せだったころにも触れられている。2人は20年以上前、ナワリヌイが社員旅行でトルコを訪れた際、現地のボーリング場で出会った。 ナワリヌイは一目惚れで、ナワルナヤに会ったその瞬間に「この子だ、と思った。自分はこの子と結婚する」と思ったという。もっとも時の流れが、インスタグラムのエフェクト・フィルターのように当時の思い出を美化しているかもしれないとも記す。一方、常に真面目なナワルナヤは、自分の記憶は夫のそれと「とても似ている」と言うに留める。 2人は出会って半年後には同居していた。2年後には結婚し、そしてすぐに2人の子供、ダーシャとザハールが生まれる。数年間、続いた平和な日々──だが、それは忌まわしい政治のために終わりを迎える。 過去の決断をやり直したいと思うことはあるかと問うと、驚いたように、「私が何を後悔しているというのでしょう」と言って、こう続ける。 「私はどんなときも、後悔はしません。夫のことを、彼がその人生のなかでおこなったことを、とても誇りに思っています。夫が自分のしていることを常に愉しんでいたと思うと嬉しい。彼は朝起きて、会社に出勤して、お金を稼ぐ人ではありませんでした。そうではなく、毎日を、悪と闘うために捧げることができる人でした。そんな彼の役に立つため、常に彼のそばにいられたことをとても誇りに思っています」 そして「ナワリヌイが、ロシアの刑務所の独房でも幸せでいることができた事実をどう考えるか」と聞くと、彼女はこう話す。 「残念ながら、夫に聞くことはできません。けれど、私は彼のことが理解できます。夫はひどい条件下で生きました。ですが、自分は無実であることを知っていました。彼はプーチンに反対したという、それだけの理由で収監されていたのです。 また、夫には素晴らしい家族がいたから、幸せだったと思えたことを願っています。彼は最高の夫であり、父親であり、息子でした。立派な人でした。彼が私のことを、同じような存在に思ってくれたのであればいいのですが」