〈注目〉こんなに怖い「キャンセルカルチャー」KADOKAWAのトランスジェンダーに関する本はなぜ、出版中止となったのか?
なぜ、他の社会問題では同様の議論が起こらなかったのか?
ただし、筆者にとってはこの本については賛否以上に強く気になる論点がある。「なぜ、LGBT以外の社会問題では同様の議論が起こらなかったのか?」ということだ。 仮に「本の内容に間違いがある」「偏見に繋がる」ことが事実だったとしてもだ。たとえば新聞の広告欄を見れば、ときにエビデンスが本当に担保されているのか疑わしい健康法や代替医療を薦める本の紹介など日常にありふれている。さらに言えば、筆者がこれまで13年以上追い続けてきた「東京電力福島第一原子力発電所事故」に関する書籍を見れば、福島への偏見差別を煽る、デマとさえ言える内容の本が書店にも図書館にも大量に並んでいる。 これらの本と違い、なぜ本書は出版前からここまでのハレーションを起こしたのか。「キャンセル」「対象外」の基準は何か。
ここに興味深い統計がある。日本の個人ブログ『データをいろいろ見てみる』は、米国主要メディア10社がツイッター(現・X)上でどのようなマイノリティグループの苦境に言及したかを調査した。 その結果、2010~15年にかけての5年間で「労働者階級・ブルーカラー・ラストベルト」への言及ツイート(ポスト)数が合計60件であるのに対し、「白人」は77件(1.28倍)、「同性愛・LGBT(性的少数者)」が9664件(161倍)、「黒人」3436件(57倍)、「移民」1792件(29倍)と、極端に大きな差があることが明らかになった。一方で、「苦境」についての言及は77 件しかなかった「白人」も、「白人特権について」は1124件と大きく言及された。 これだけ極端な差が出た理由を、「メディアから言及されたマイノリティほど、より深刻な苦境にある」と見做すべきだろうか。「労働者階級・ブルーカラー・ラストベルト」は、苦境を言及するに値しない「強者」なのだろうか。その答えは、同ブログでも触れられている書籍『絶望死のアメリカ 資本主義がめざすべきもの』(アン・ケース、アンガス・ディートン・著 松本裕・訳 みすず書房・2021年)の記述が参考になる。 《調査の過程で、中年の白人アメリカ人の自殺率が急速に増えていることがわかった。…驚いたことに、中年の白人の間で増えていたのは自殺率だけではなかった。すべての死因による死亡率が増えていたのだ。…もっとも増加率の高い死因は三つに絞られた。自殺、薬物の過剰摂取、そしてアルコール性肝疾患だ。(中略)絶望死が増えているのは、ほとんどが大学の学位を持たない人々の間でだった》 このような状況が起こっているにもかかわらず、白人労働者階級の苦境は、米国主要メディア10社を合計しても5年間で60件、「同性愛・LGBT」の161分の1しか言及されなかったのが現実だ。同ブログでは、こうした現象を「共感格差」と呼んだ。