〈注目〉こんなに怖い「キャンセルカルチャー」KADOKAWAのトランスジェンダーに関する本はなぜ、出版中止となったのか?
「正しさ」を拠り所にする現代社会
ここまで極端な「共感格差」が生じる理由は何か。それは、4月1日に筆者が上梓する『「やさしさ」の免罪符 暴走する被害者意識と「社会正義」』(徳間書店)でも指摘した現代社会が多くの人が言う「正しさ」に向かっていってしまうことにあるだろう。 現代社会は、伝統宗教の影響力が相対的に低下した。結果、少なくない人々が道徳や価値観、生き方の拠り所、すなわち「安心」の根源を見失ってしまった。 そのような状況で、「社会正義」は、既存の宗教に代わる新たな「救い」としての役割を担いつつある。それはつまり、「社会正義」そのものが教義と化し、「正しい」と示したものが多くの人から「正しい」とされ、「間違い」と見做されたものは断罪されることにも繋がる。 そして「対象外」とされた存在には、ほとんどの人が見向きもしなくなる。社会正義の多くが本来的に掲げてきた「自由と平等、多様性」とは真逆に向かっているとさえ言えよう。 世界中で「キャンセル・カルチャー」が益々エスカレートする中、もはや多くの人は自らが「間違い」「異端」の立場になることには耐えられない。同様に、他者の「間違い」を庇ったり赦すことも出来なくなった。 そのため、「正しさ」とされる行為や価値観に従い、自分は「正しい」側にいるとの承認とお墨付きを求める。そして人々が「正しさ」を競い合う中、「共感格差」から外れた社会問題と当事者は顧みられず、「なかったこと」のように忘れ去られていく。 こうした構図を理解することは、出版中止騒動も含め、近年世界中で多発する「キャンセル」の背景を考え議論する上で不可欠と言えるのではないか。
林 智裕