衝撃的…「昭和世代が想像する老舗」と「令和の老舗」のすごいギャップ
「老舗と呼ばれるに相応しい企業年齢」はない
~新時代の老舗企業とは、自らを「老舗」と呼ぶ矜持を持つ企業 「老舗と呼ばれるに相応しい企業年齢」についての私見を述べるとすれば、「老舗か否かは年齢つまり企業が存続している長さによってのみ決定されるものではなく、何歳から老舗であるということに殊更こだわる必要はない」ということである。それには3つの理由が考えられる。 第一の理由は、「〇〇年前」のような時間軸が相対的な概念に過ぎないということである。30年前にわれわれが調査を行った時の「100年前」は明治時代であったし、「50年前」は昭和初期、「30年前」は高度経済成長期であった。こうした時間軸でいうと、確かに30年前には、老舗の年齢を「100年」で測ることに相応の妥当性や納得感があったかもしれない。一方で、「十年一昔」や「ドッグイヤー」ということがいわれた時代であり、半分の「50年」という年数で老舗を仕切ることにもそれなりに納得感があった。 ところが時代が令和を迎えると、2020年の50年前は1970年であって、昭和人の感覚からすると、老舗の仕切りとしては今ひとつ納得感がない。昨今の50歳は、30年前と比べると外見的にもかなり若作りで、自分が「老舗」であるといわれても抵抗がある。とはいえ、50年前というと平成を一挙に越えて昭和の時代まで遡るわけで、「高度経済成長期→オイルショック→安定成長期→バブル経済→バブル崩壊→平成不況」を越えて令和まで辿り着いたことを考えれば「老舗」と呼ぶことに妥当性はある。このように、「〇〇年前」という基準は、個人の年齢や時代背景によって規定される相対的概念に過ぎないのである。 二つ目の理由は、老舗であるか否かの基準は、業種や業態、その裏付けとなる技術によって大きく左右されることである。世界最古の企業である金剛組は寺社建築業であり、寺社建築という業種と技術は1500年前も現代と変わらず必要とされていた。だからこそ、1500年の歴史を誇る金剛組を、創業50年の他業種寺社建築企業と比較することは可能である。それに対して、コダック社は、長い歴史を乗り越え一時は世界市場を制覇した写真フィルムの老舗企業であったが、写真フィルム市場自体が壊滅したことで老舗の地位を失ってしまった。 その一方で、第2次世界大戦前後まで数百年続いた工業化社会から、情報化社会、ネット社会へと変化したきたこの50年間に、さまざまなビジネスモデルによって事業展開する企業が誕生してきた。広義に捉えたときには同じ業種業態に分類されたとしても、既存の価値と異なるまったく新しい価値を創ることによって勢力を急速に拡大する企業が経済の主役に躍り出たのである。 たとえば、1975年に創業されたソフトウエア開発のマイクロソフト社やデジタルデバイス製造のアップル社を、ICT産業の「老舗企業」に括ることに抵抗を示す人は、ほとんどいないはずである。この2社は、人間ならまだ働き盛りである。ソフトウエア開発を手がけていたIT企業はそれ以前から数多く存在していたにもかかわらず、マイクロソフトとアップルが「ICT企業の老舗」と見做されるのは、この2社がもたらしたイノベーションがその後のIT産業の方向性を決定づけたからである。つまり、老舗の年齢は事業特性や技術特性とも関わる相対的な概念なのである。 存続年数だけで老舗を決定できない第三の理由は、企業の長寿を可能にするさまざまな方法が出現したことに伴い、さまざまなタイプの老舗が登場してきたことにある。このような状況では、「伝統的老舗」、すなわち創業者一族が所有を継承し創業当時の事業を継続している企業だけを老舗として特別扱いしても意味がない。時代に合わせて事業ドメインを変化させつつ100年を越えて存続してきた大企業を「老舗企業ではない」と断じることはできない。 買収によって存続した企業を「老舗ではない」と決めつければ、血縁の連続性にこそ第一義的価値やブランド価値の源があるということになってしまう。それでは長期存続企業の経営に意味や価値を見いだすことができなくなるだろう。 当然のことながら、長期存続企業の経営の方法論には、学問的にも実務的にも大きな価値がある。 また、現代の経営環境の中にあって、持続的競争優位性を構築するサステナビリティ・マネジメントの必要性が認められている。「老舗」すなわち長期にわたるサステナビリティ・マネジメントを成功させてきた長期存続企業の経営特性や戦略的エッセンスを探究することは、予測困難な今の時代を乗り越えていくために必要不可欠である。 新時代の老舗企業は、自らを「老舗」と呼ぶ矜持を持つ企業であるといえよう(*8)。 ----------------------------------------- 【注】 *1) 1923年9月1日の関東大震災である。190万人が被災し、10万5000人が死亡あるいは行方不明となった。 *2) 1960年代にはセコムやウシオ電機、70年代にはキーエンスやDHC、日本電産、80年代にはHIS、ファンケル、ソフトバンクやユニクロといったベンチャービジネスが設立されている。 *3) 岩﨑尚人、『コーポレートデザイン再設計のエッセンス』、成城経済研究第232号、pp.61-99、2021年に詳しいので参照。 *4) 計算式は、「5億×50%-4200万=2億800万」である。税理士の友人に計算を依頼した結果である。 *5) 計算式は「2億8000万÷10年+2億8000万×3.6%=2828万8000」である。 *6) トヨタは、2007年に販売台数で世界トップであった米GM社を抜き、自動車生産台数で世界一の座をついた。 *7) 小西六は、ミノルタに吸収されて、現在コニカミノルタとなっている。 *8) 今後、老舗の矜持とは何かの研究課題となるかもしれない。 ----------------------------------------- 岩﨑 尚人 成城大学経済学部教授、経営学者 1956年、北海道札幌市生まれ。早稲田大学大学院商学研究科博士課程後期単位取得満期退学。東北大学大学院経済学研究科修了、経営学博士。経営学の研究に加え、企業のコンサルティング活動に従事。主な著書に、『老舗の教え』『よくわかる経営のしくみ』(ともに共著、日本能率協会マネジメントセンター)、『コーポレートデザインの再設計』(単著、白桃書房)などがある。
岩﨑 尚人