衝撃的…「昭和世代が想像する老舗」と「令和の老舗」のすごいギャップ
「継承」から見る老舗企業
~「家の承継」はもはや老舗の“武器”ではない これまでイメージされていた老舗の多くは、創業家の長子によって承継されてきた組織であり、承継する事業も創業時代からほとんど変わっていない組織であった。仮に長子相続でなかったとしても血縁や血族とみなされている人物によって継承され、完全に同じ製品やサービスでなかったとしても事業形態の多くは、おおよそ従前と類することが前提とされてきた。 ところが、ここ50年、すなわち1970年以降、工業社会としての社会的基盤が整備され技術が飛躍的に進歩したことで、産業構造が大きく変化してきた(*3)。戦後間もなく誕生した企業や小規模だった企業が大企業に成長し、わが国の産業社会で中心的な役割を果たすようになった。その典型ともいうべきは、自動車やエレクトロニクスの産業群に分類される企業である。 戦後間もなく創業したスタートアップ企業の何社かは、2020年には創業70年を超える大手メーカーに成長している。そうした大企業のトップマネジメントが創業家一族出身といった事例はそれほど多くはないだろう。まして、発行済株式の大部分を個人や一族で保有している大企業はほとんど存在していないはずである。たとえば、創業家支配の資本金5億円中堅企業で長子が単独で相続する事例を想定したとき、支払い相続税はおよそ2億800万円となる(*4)。それを長子が個人で支払うと仮定すると、10年の延納を選択したとしても、金利を含めて年間約2828万円の相続税支払いが必要となる(*5)。要するに、わが国の現行税制の下での「家の継承」は、それほど容易なことではない。 1937年に設立されたトヨタは、もうじき100年の歴史を誇る老舗企業になる。2023年まで創業家出身の豊田章男氏以前3代の社長は創業家以外の内部昇格者であったし、会長職に退いた豊田章男氏の後を継いだ佐藤恒治現社長も創業家以外の出身である。日本の自動車産業の雄のひとつであるホンダは、創業者本田宗一郎氏の意向で創業時から親族が経営トップに就いたことはなく、経営における本田家の影響力はほとんどないともいわれている。 他方、エレクトロニクス産業に目を向けると、松下幸之助翁によって1918年に松下電気器具製作所として創業されたパナソニックは、すでに100年を超える老舗企業であるが、創業家出身の経営トップは近年登場していない。それどころか、創業家出身ではなく内部昇格によるトップであった大坪文雄社長時代の2008年、「松下電器産業」から「パナソニック」への社名変更が断行されて創業家の名が消滅している。 また、1946年盛田昭夫氏と井深大氏によって創業されてグローバル企業へと成長を遂げてきたソニーも、創業70年を超える老舗と呼ばれる資格を備えている。同社初の新卒サラリーマン社長の出井伸之氏が登場して25年を経た2021年4月、ソニーは本社機能を持株会社のソニーグループ株式会社に集約して、祖業であるエレクトロニクス事業を担うソニー株式会社はグループの一子会社になる抜本的な再編を行った。 このように、近年、老舗の三種の神器である「家の継承」は影を薄くしつつある。 ~「事業の承継」から「ブランドの承継」へ 老舗のもう一つのキーコンセプトは、「事業の継承」である。 自動車業界とエレクトロニクス業界の4社の老舗企業の事情について考えてみよう。自動織機事業から分離独立したトヨタの主力事業は自動車の製造販売であり、自動車産業の世界一のメーカーにもなっている(*6)。それに対して、バイクメーカーからスタートしたホンダは、自動車市場参入の国内最後発メーカーである。現在同社は創業者本田宗一郎氏の夢であった小型ジェット機の生産開発にも取り組むなど「モビリティ」全般を事業ドメインと位置づけている。もっともそれらすべての事業は創業者の構想の中に組み込まれていたというから、その意味では「事業が継承されてきた」といえるかもしれない。同様に、パナソニックとソニーという2社のエレクトロニクスメーカーは、技術進歩の中で多様な製品を製造販売し、あるいは時にはそれにかかわるサービス事業を展開してきたという点でいえば、概ね事業が継承されてきたといっても良いかもしれない。 しかし、年月を経る間に主力事業の市場が大幅に縮小してしまうこともあるし、技術進歩によって巨大市場であってもそれが完全に消滅することもある。1990年代後半まで拡大していた写真フィルム市場がデジタルカメラによって瞬く間に駆逐されると、世界最大の写真フィルムメーカーの米国コダック社が市場から退出した。わが国でも、サクラカラーで名を馳せていたかつての小西六写真工業、後のコニカが写真フィルム市場から撤退している(*7)。 対照的に、世界の写真フィルム市場でこれらの企業と激しいバトルを繰り広げてきた富士写真フイルム(現在の富士フイルム・グループHD)は、現在でもグローバルな大企業として成長を続けている。そこに至る過程で、同社が事業ドメインを大きく変えたことはつとに有名である。現在同社は広範な分野の研究開発力を誇る化学メーカーであり、電子機器メーカーである。1934年に大日本セルロイド(株)の写真フィルム事業の一部を切り出して設立され創業86年の歴史を誇る富士フイルムHDも大手老舗企業ということができる。 こうして見てくると「事業の継承」も「家の継承」と同様、かつてはほぼ同じ製品を同じ流通経路で市場に展開しているか、同じ事業が引き継がれているかに関係なく、長期にブランドを継承している企業は、概ね「老舗企業」と呼ぶことができるはずである。