しかたなく水に入ったのではなかった…海の巨大爬虫類滅亡後のニッチに潜り込んだ哺乳類。まさか「こいつの子孫がクジラにつながる」とは
さらに水棲適応が進化で、「海洋進出」を達成か!?
パキケトゥスの出現から100万年ほど経過したころ、インドヒウスやパキケトゥスのいた場所からそう離れていない場所にあった海に、“一歩進んだムカシクジラ類”が登場した。 このムカシクジラ類の名前を「アンブロケトゥス(Ambulocetus)」という。ラブラドール・レトリバーサイズだったパキケトゥスを遥かに凌駕(りょうが)するその頭胴長は、実に2.7メートルに達した。吻部は細長く、しかし、がっしりとしており、口には明らかに肉食性とわかる鋭い歯が並ぶ。四肢は短く、手足には水かきがあったとみられ、また、長くて力強い尾をもっていた。 アンブロケトゥスの化石が発見された場所の近くでは、陸上哺乳類の化石もみつかっている。その一方で、海棲の巻貝の化石も発見されている。また、アンブロケトゥス自身の歯の化石の化学分析の結果は、アンブロケトゥスが汽水環境に生きていたことを示唆していた。 こうした諸情報は、アンブロケトゥスが河口域や沿岸域を生息域としていたことを物語る。実は、インドヒウスもパキケトゥスも、彼らの「水域」は、河川などの「淡水域」だった。アンブロケトゥスの段階に至って、ムカシクジラ類はついに「海に出た」のである。 そして、実は、“もっと海”だったのかもしれないという指摘もある。どういうことであろうか?
完全な水棲種を示す「肋骨」
2016年に名古屋大学大学院の安藤瑚奈美と名古屋大学博物館の藤原慎一が発表した研究によると、アンブロケトゥスの「肋骨の強度」は、完全な水棲種のそれであるという。 多くの四足動物は肋骨をもち、その一部は前脚と筋肉でつながっている。陸上を四肢で歩き回る場合、その肋骨は、からだの前半分の体重を支えることになる。そのため、陸上種のその肋骨はかなり丈夫であり、半水半陸の生態であっても、それなりに丈夫である。 しかし、安藤と藤原の研究によれば、アンブロケトゥスの肋骨には、そうした“丈夫さ”がなかったというのだ。さまざまな要素が絡み合うアンブロケトゥスは、ムカシクジラ類の進化の鍵を握る存在だ。 しかし、インドヒウスやパキケトゥス、アンブロケトゥスの化石産地の周辺域は、21世紀になってから急速に治安が悪化し、古生物学者によるさらなる調査が極めて困難な状況になっている。早く平和な時代がやってきて、多くの古生物学者が安全に研究ができる日々が再び訪れることを願ってやまない。 さて、新生代の哺乳類ともなれば、子を卵ではなく、赤ちゃんとして産んでいたとみられている(中生代の哺乳類については謎が多い)。いわゆる「胎生」である。クジラ類も例外ではなく、現生種は水中で子を出産する。ただ、このときポイントとなることがある。キーワードは「呼吸」である。どういうことだろうか。 カラー図説 生命の大進化40億年史 シリーズ 全3巻で40億年の生命史が全部読める、好評シリーズの新生代編。哺乳類の多様化と進化を中心に、さまざまな種を取り上げながら、豊富な化石写真と復元画とともに解説していきます。
ブルーバックス編集部(科学シリーズ)