「サブスク天国」に満足できないオタクの悲しい性
マニア・オタクは映像を所有したい。所有していることで「この映像作品を持っている」という所有欲が満たされるし、「いつでも好きな時に見ることができる」という安心感を得る。一般の人は「なんだか今、話題になっている作品を見る」ことで、「自分もみんなが見ているアレを見た」という、“みんなと一緒”の安心感を得る。利用の動機と利用方法が同じなら、得られる結果も同じということになる。 サブスクの利便性を引き出すには、サブスクならではの新しい利用方法が必要なのだ。 そんな方法はあるのか? 断言しよう。ある。 ●サブスクを活用する最上の方法 私がその方法に気が付いたのは、7年ほど前にAmazonの電子書籍サブスクサービス、Kindle Unlimitedで、バイク雑誌「RIDERS CLUB(ライダースクラブ)」(枻出版社刊。2021年の同社倒産に伴い、現在は実業之日本社刊)のバックナンバーを全部読んだ時だった。 同誌は1978年6月の創刊号からの全バックナンバーを、Kindle Unlimitedで公開している。電子書籍ならではの面白いサービスだなと思って、創刊号から1冊ずつ読んでみたのである。40年を超えるバックナンバーを全部読むのに、2年以上かかった。 結果、私の頭の中には、1978年以降の二輪車技術及び二輪車業界の変遷の大まかな時系列の見取り図が形成された。それまでの読書体験では得られなかった、大変新鮮な感覚があった。 そこで気が付いた。サブスクサービスは、何か目的を持って、時間軸を貫く形で情報を得るのには大変適しているのではなかろうか。 次にやってみたのが、Amazon Prime Videoで黒澤明監督作品を全部見るということだった。Amazon Prime Videoには、初監督作品「姿三四郎」から、最後の「まあだだよ」まで、何か権利関係の都合があるらしい「デルス・ウザーラ」以外の黒澤全作品を見ることができる。全部がサブスクで定額ではなく、1本ずつ有料の作品も多いが、とにかく家にいながらにして黒澤映画の一気見ができるのだ。 やってみて、これこそがサブスクの特性を生かした使い方だと思った。黒澤明という人が、若い時から見せていた才能の輝き、作を重ねるごとに深まりゆく表現手法、成熟、重大な転回点(「どですかでん」以前と以降では、映画の感触が変化している)、そして晩年作品に差す老いの陰といった時間的なパースペクティブが、目の前に広がるのだ。 特定のテーマを決めて、面白ければ、次、次とどんどん見ていくことができる。このような使い方をすれば、サブスクは、自分を取り囲む情報環境を、それまでとは段違いに豊かにしてくれる。 私は今、Kindle Unlimitedで1980年4月の創刊号からの全バックナンバーを読むことができる無線とハッキングの雑誌「ラジオライフ」(三才ブックス刊)をぽつぽつと読み進めている。以前書いたモトラのレストア(「快楽、それはホンダの『モトラ』を油まみれで直すこと」)では、2013年11月以降のバックナンバーを読むことができる原付専門誌「モトチャンプ」(三栄刊)にずいぶんとお世話になった。 映画では、特定の監督の作品を続けて見るというのを続けている。小津安二郎監督作品、岡本喜八監督作品、新藤兼人監督作品……今まで、黒澤作品と特撮映画以外の邦画をあまり見てこなかったので大変新鮮な体験だ。 ●最大の威力は音楽で発揮される が、サブスクが最も威力を発揮するのは、電子書籍でも映像作品でもなく、音楽だった。 電子書籍も映像作品も、一定の時間を作品に集中しなくてはいけない。一方、音楽は「仕事をしながら」のながら聴取ができる。あらためて時間を取らなくとも、サブスクの利点を享受できるのだ。 私の音楽の趣味は20世紀以降のクラシック系音楽、いわゆる現代音楽と呼ばれるジャンルだ。 この分野は、とにかく音楽そのものにたどり着くまでが一苦労だ。 いや、アナログのレコードしかなかった時代は、もっともっと大変だった。イゴール・ストラヴィンスキー(1882~1971)や、ドミトリ・ショスタコーヴィチ(1906~1975)のようなビッグネームの作品でも、ちょっと代表作から外れた作品を聴くのは難しかった。