今の「豊かな日本」があるのは『高齢者世代』の皆様のおかげ!…「いつまで生きるんだろう」介護の不安な気持ちを前向きに!
2015年に厚生労働省が出した統計によれば、日本人が亡くなった場所は病院、自宅の次に、「介護施設」が多くなっている。治療に特化した病院でもなく、住み慣れた自宅でもない「介護施設」で亡くなるとはどういうことなのか。 【漫画】くも膜下出血で倒れた夫を介護しながら高齢義母と同居する50代女性のリアル 介護アドバイザーとして活躍し、介護施設で看・介護部長も務めた筆者が、終末期の入居者や家族の実例を交えながら介護施設の舞台裏を語る『生活支援の場のターミナルケア 介護施設で死ぬということ』(髙口光子著)より、介護施設の実態に迫っていこう。 『生活支援の場のターミナルケア 介護施設で死ぬということ』連載第32回 『「親を施設なんかで死なせるなんて」…親を“病院”ではなく“施設”に入れる『最大級のデメリット』とは』より続く
親の死を乗り越えた先にあるもの
ここまで繰り返し述べてきましたが、チューブを入れるかどうかをはじめ、親のターミナルステージに関わる一つひとつの選択は、親の生き方を子どもが決めることにつながります。 考えてみればそれはとても贅沢なことです。平和で豊かな日本に暮らしていればこその悩める選択であり、外国との戦争や国内紛争が続いていたり、貧しくて子どもでさえその日の食事が食べられるかどうかも定かではないといった国や地域で暮らしていたら、老親のターミナルケアそのものが、存在さえしないのかもしれません。 この国の大先輩である現在の高齢者世代の皆さんが頑張って豊かな日本を築いてきた結果、もっとも身近な愛する人の生き方や死に方を考え、家族で話し合うことができるようになりました。これは数ある豊かさの中でも最たるもののひとつだと思うのです。 一方には、幼い頃に親を亡くし、その記憶も定かではないという人もいます。それは不幸なことですが、「若くして死ななければならなかった父はさぞ無念だったことだろう。だから父に安心してもらえるように、僕も立派な社会人になろう」というように、親の死が、子どもが生きる上での礎になることはきっとあるはずです。 また、親と過ごした時間が短い分だけ、その思い出はかけがえのない宝物として、子どもの心の中でいつまでもキラキラ輝き続けることでしょう。 ところが、親が長生きをしたばかりに、「いつまで生きるんだろう」「どこまでこのたいへんな介護が続くんだろう」「言いたい放題にわがままを言って、もういいかげんにしてくれ」などと、親に対してマイナスの感情を抱いてしまう人もいます。