”内田篤人ロス”の鹿島アントラーズがFC東京に逆転勝利したワケ…「彼が残した言葉を裏切ることはできない」
ピッチの上ではお互いがライバルであり、ひとたびピッチを離れれば家族のように深い絆で結ばれ合う。三竿と荒木の間でキックオフ前に交わされたやり取りを聞けば、1990年代前半の黎明期からアントラーズに脈打ち、内田さんを含めた、歴代のレジェンドたちが紡いできたイズムが伝わってくる。 オウンゴールにも誰一人として下を向くことなく、怒涛の逆転劇でもぎ取った4試合ぶりの白星。まだ4勝3分け6敗と黒星が先行し、暫定順位も10位に甘んじている状況で、ザーゴ監督は「おそらくは今夜の勝利を彼に捧げているのではないか」と、選手たちの胸中に思いを馳せた。 「選手も、スタッフも、クラブも、そしてサポーターも内田選手のことを愛しているし、それはこれからも変わらない。引退したからといって他人にはならないし、彼が残した『私たちは勝ち続ける。強くあり続ける』という言葉を裏切るわけにはいかない。彼はもういないが、前へ進まなければいけない」 引退を決意する要因となった、右ひざのコンディションがなかなか上向かなかった今シーズンの内田さんは、ガンバ戦を前にしてわずか2試合の公式戦出場にとどまっていた。それでもガンバ戦の前半16分から、ウォーミングアップもしないままスクランブル出場したのは、右サイドバックで先発していた24歳の広瀬陸斗がまさかの負傷退場を余儀なくされたからだった。 FC東京戦前日には広瀬が右大腿二頭筋を損傷していて、全治まで約2カ月と診断された。右サイドバックの担い手を同時に2人も失った状況で、ボランチを本職とする25歳の小泉慶が右サイドバックとして先発。同点に追いついた場面では右サイドを攻め上がり、アラーノへパスを預けている。 小泉のリーグ戦出場は今シーズン3試合目。いずれも右サイドバックでの出場だが、本職ではないという言い訳が許されないことは、柏レイソルから加入した昨夏の時点から覚悟している。いつ訪れるかわからない出番に備えて、常に100%の準備を整えていた小泉の真摯な姿勢は、オンライン形式で24日に行われた会見で、内田さんが引退を決意する理由としても言及されている。 「練習でも試合でもけがをしないように、少し抑えながらのプレーを続けるなかで、例えば(永木)亮太とか、小泉慶とか、土居らが練習でも100%でやっている。その隣に僕が立ってはいけないと思いましたし、鹿島以外でプレーする選択肢も僕にはありませんでした」 クラブに関わるすべての人間が、やるべき仕事を遂行した成果として手にした、アントラーズのイズムが凝縮された白星。ホームにおける3連勝と暫定2位に浮上するチャンスを逃した、FC東京の長谷川健太監督の第一声を聞けば、アントラーズに上回られていた部分が浮き彫りになる。 「試合全般を振り返ると、ベーシックな球際の部分であるとか、セカンドボール、ルーズボールの争いというところで鹿島に上回られてしまった。それが試合の結果となったと思っています」 残暑と新型コロナウイルスの余波による過密日程が相まって、体力的にもメンタル的にも厳しい戦いが続く。それでも、内田さんが最後に残した「負けていいわけじゃない」は言霊となって、選手やコーチングスタッフを含めたアントラーズに関わるすべての人間を鼓舞し、前へと進ませていく。 (文責・藤江直人/スポーツライター)