ぬるそうなビールや粗末な紙袋のラスク…映画が描く「酒と食」に私がどうしようもなく惹かれる理由
『週刊文春』やCREA WEBの映画コラム「映画とわたしの『生き方』」でもおなじみ、映画ライター月永理絵氏の『酔わせる映画 ヴァカンスの朝はシードルで始まる』(春陽堂書店)が面白い。この本に込めた思いと、これまでの映画人生についてうかがってきた。 【画像】『映画横丁』の現物。豪華なゲストに充実の執筆陣と凝ったデザインで、一般紙と変わらぬクオリティに驚かされる。
「おいしいもの」ならグルメ番組でいい。映画が描く「酒と食」
――タイトルだけ読んで、フランス映画が中心の本かと思ったんです。そしたら第1章の扉絵はおそらく成瀬巳喜男の『流れる』だし、ジョン・フォードやアルトマンにイーストウッドが出てきて、山中貞雄を語るコラムでは内田吐夢やマキノ雅弘、大島渚に連想が飛ぶし、北欧の映画や近年の韓国映画までもが語られていく。「無差別級だな……!」なんて感じました(笑)。ジャンルや製作年代もバラバラに「酒」という軸で映画が語られていく。しかも「おいしそうな酒」にはあまり着目していない点がすごく魅力的で。 月永 自分でまとめていても、私っておいしくなさそうなものに惹かれてしまうんだなと(笑)。「泡の消えた、ぬるそうなビール」とか、「こんなに飲んでどうするのというぐらいの量のワイン」とか。「なんであんなお酒の飲み方してるんだろう」「こんなわびしい食事ってある?」みたいなシーンは強烈に覚えてしまうし、惹かれてしまう。 例えば『現金に手を出すな』(1954年 ジャック・ベッケル監督作)でジャン・ギャバン演じる年老いたギャングが、粗末な紙袋に入ったラスクとワインで乾杯するシーン。日本でいったら焼酎とするめで一杯やってるみたいな、そんなシーンに惹かれてしまう。 ――紙袋でラスク、というだけでわびしさが出ますね。説明が要らない。 月永 映画における酒や食の大事さって、案外そういうことなんじゃないかと。おいしいものを見せたいならグルメ番組でいい。登場人物がどうしてもこれを食べなければいけないとか、これを食べることでシーンの意味が生まれてくるというような。映画にとって重要なアイテムであるということは、「その人の人生や局面に関わってくるもの」だからこそと考えています。 ――ビールが印象的な映画として挙げているのが『WANDA/ワンダ』(1970年 バーバラ・ローデン監督・主演作)ですね。 月永 泡の消えたぬるいビールをひたすら飲んでる女の人ってなんなんだろう……と、映画を観ているうち考えてしまう。飲むシーンを見ているとだんだん彼女の生きてきた境遇が想像できてくる。そんなシーンを重ねることで人物の生き方を表せるというのが衝撃的で、この映画について書きたいと思いました。 ワンダって、人によっては「なんでいつも流されるの」とイライラするかもしれない。そうとしか生きられない人をそのままに描くってすごいことだと思うし、彼女と泡の消えたビールがぴったりで。そんな風に人間を描く監督が好きなんです。 ――飲み方や食べ方って、キャラクターや人間の越し方がすごく表れる。話は飛ぶようですが、飲食シーンが印象的な映画って、見直すとはっきりとは映ってないことが私はよくあるんです。「あの映画のあれ、おいしそうだったな」と思って見返したら、食べもの自体ほぼ映ってなかったり。頭の中で勝手に補足しちゃってるんですね。でもいい演出って私はそういうことだと思っていて。監督が見る者に細部まで想像させてしまう。 月永 この本の中にも「おつまみ映画」ってページを作りましたが、『魚影の群れ』(1983年 相米慎二監督作)の中で三遊亭圓楽(五代目)演じる元漁師が食堂でおいしそうに焼酎とラーメンを楽しむシーンがあると記憶していたけれど、見直したら食べてる姿は全然映らない。すっごくいい声で「焼酎1杯とラーメン!」って注文したのに、ラーメンはほとんど映らないし、食べもしない。それだけで私、ラーメンを勢いよく啜る音まで想像して覚えてたんですよ。