ぬるそうなビールや粗末な紙袋のラスク…映画が描く「酒と食」に私がどうしようもなく惹かれる理由
映画の中の酒場に行くならどこへ?
――卒業して10年ほど出版社に勤められて、32歳になる2014年に退職されます。 月永 書きたい欲が出てきまして、その頃リトルプレスを作り出しました。友達と雑談しているとき、ふと「映画とお酒をからめたものを作ってみたい」なんて言ったんです。そしたら出資してくださるところが運良く決まり、『映画横丁』というのを作りまして。思った以上にいろんな方が読んでくださって、連載や取材のオファーが増えていったんです。 ――独立されて今年でちょうど10年になるわけですね。話は尽きませんが、最後の質問を。ここに「映画の中の酒場へ行けるチケット」なんてのがあるとしたら、どの映画の、どんな酒場に行きたいでしょうか。 月永 迷いますね……(数十秒あって)、小津映画に出てくるトリスバーに行きたいです。 ――『秋刀魚の味』(1962年)の、岸田今日子がママさんをやっているバーですか。 月永 はい、ボトルが整然と並んだ棚とか、ドアに貼られたトリスの切り抜きとか、全部がすごくお洒落に見えますよね。あそこへ行ってみたい。あとホン・サンスの映画に出てくる飲みの場はのぞいてみたいけど、踏み込みたくないような怖さもある。 フランス映画なら、ジャック・ロジエ監督の『メーヌ・オセアン』(1985年)に出てくる酒場がめちゃくちゃ楽しそう。いろんな人がバーでごっちゃになって飲み出すシーン、漁師が白ワインをビールコップみたいなのに注いで、手酌でガンガン飲むんです。映画の中で、ワインをコップで気軽に飲むシーンを見るのがすごく好きなんですよ。フランスでも本当に飲む人ってこうだよね、って(笑)。 おわりに 『酔わせる映画 ヴァカンスの朝はシードルで始まる』の第2章ではりんごが、第3章では食物が軸となって、印象的な映画がつづられていく。りんごの章は、月永さんの出身地の青森県にある弘前中央青果のサイトに寄稿されていた、りんごが登場する映画のコラムをまとめられたものだ。 りんごや酒を手にする、あるいは何かを口に運ぶ主人公たちはあのシーンで何を思っていたのか――その思いを探らんとする月永さんの探求力、鑑賞力の高さ、逞しさみたいなものに読んでいてときに圧倒される。彼らの心の内を知りたいというのは、つまるところ彼らに魅せられ、惚れ込んだからに他ならない。だからこそ気の抜けたビールも、冷え切ってベトついた燗酒も、ペシャンコのアップルパイも、読むうちに登場人物の思いのシンボルのように思えて、まずそうなんて思えなくなり、愛おしくなり、切なくもなってくる。読み終えて、かくも映画が見たくなる本は久しぶりだった。 月永理絵(つきなが・りえ) 1982年青森県生まれ。映画ライター、編集者。『朝日新聞』『週刊文春』『CREA.web』などで映画評やコラムを連載中。映画コラム集『酔わせる映画 ヴァカンスの朝はシードルで始まる』(春陽堂書店)が発売中。好きなお酒はワインと日本酒。 白央篤司(はくおう・あつし) 1975年東京都生まれ。フードライター、コラムニスト。「暮らしと食」をメインテーマに執筆する。古い日本映画やサスペンス映画、フランス映画も愛好。近著に『のっけて食べる』(しらいのりこ氏との共著、文藝春秋)、『はじめての胃もたれ』(太田出版)がある。好きなお酒は白ワインと日本酒。
白央篤司