女優・門脇麦「絶望的な気持ちに…」幼少期の傷ついた体験がフラッシュバック 恵まれていると思いながらも社会の闇に葛藤した読書体験を明かす
触れてはいけないという風潮がある状況に切り込んでいる作品
本作は、主人公の「俺」とアキこと深沢暁(あきら)の、思春期から33歳になるまでの日々を描いていて、貧困や虐待、過重労働といった重たいテーマがたくさん盛り込まれ、皆が心の片隅で思っていても言葉にできないこと、触れてはいけないという風潮がある状況に切り込んでいます。 アキは、幼少期に母親から充分に愛情をもらえず、虐待されていました。そして「俺」は大学卒業後、就職しましたが薄給で奨学金返済に苦しむようになり、アキは生活保護を考えるほどに困窮していきます。西さんは苛烈な状況にいるのに声を上げられない彼らに、「助けを求めていい」「戦争している国もあるのに、この程度の辛さなんて、私は恵まれているんだからがんばらなきゃならない。それは違うよ、状況はそれぞれだけどあなたも頑張って生きてるよ」と語っているような気がします。 西さんが本書で描いているのは、日本社会そのものだと思います。登場人物たちが置かれている状況はそれぞれ社会の縮図であり、この世の中を作っているのは社会の上位にいる人たちだと訴えています。「俺」たちがどれほどがむしゃらに働いても、理解ある人が社会の上部にいないと、この構図は変わらない。そのことを伝えるために、西さんはラストで再び、政治家という立ち位置のあんべたくまを登場させたのかもしれません。
西加奈子さんの作品は、私の中で起きた物語となって、全てが腑に落ちる
菅田将暉さん主演の「ミステリと言う勿れ」という連続ドラマで、虐待されていた過去を持つ「ライカ」役を演じる前に調べたのですが、虐待された経験のある人は他者に同じことをしてしまう傾向があるそうです。親に虐待された人は、愛を上手に享受も発信もできなくて、大切な誰かを傷つけてしまう。貧困と虐待は似たような構図で、貧困層に属する人は、富裕層のポジションには一足飛びに到達できなくて、貧困から抜け出せない。 この本を読んだ後、絶望的な気持ちになりました。「俺」たちが救われる社会になる未来がこの先にあるのかなと思わずにはいられませんでした。 西さんの作品は全て拝読しています。彼女の小説が好きなのは、どんなジャンルのいかなる内容でも、私の中で起きた物語となって、全てが腑に落ちるからです。本書も出版されてすぐ読みましたが、この2年間で読んだ本の中で、一番疲れました。最高峰レベルで主人公たちの全状況を感じとってしまったからだと思います。 今、毎日ご飯を食べられている私には、お腹が空きすぎて眠りながら死んでしまうという未来は想像できません。そんな私が物語を読み進むにつれ、彼らの苦しみを自分のことのように感じ、そのざらつく世界にぐっと引き寄せられ、私自身の物語だと思ってしまったんです。 大学卒業後にテレビ番組制作会社に就職した「俺」が過重労働とハラスメントで心身を壊していく過程とその痛みは、私が同じ業界に身を置いていることもあり、いっそう苦しくなりました。「俺」は辛さを言葉にできずにいますが、言葉にしたら「がんばるのやめちゃうんだ」と判断され、居場所がなくなってしまうとどこかで怯えているように感じます。何よりがんばっていると認められたいんでしょうね。子供の頃から常々、なんでこの世の中は「疲れた」とか「ギブアップ」って言いにくいんだろうと考えていたのですが、その疑問に『夜が明ける』は答えてくれました。そして、昔バレエや仕事や人付き合いで辛くても、がむしゃらにがんばっていたかつての私は、救われました。 「俺」の職場の同僚の森が主張する「苦しかったら助けを求めろ」という教育ではなく、私たちは子供の頃から当たり前のように辛くても我慢して努力しなさいと言われてきたように思います。多くの人は、辛さを訴える感覚さえ忘れているのかもしれませんね。 壮大な話になりますが、根本的には教育システムから変えないといけない気がしていて。徒競走で順位をつけないつけるではなくて、何か一つでも胸を張れる分野があれば認められるように。そういう風に社会が豊かになっていくと、きれいごとかもしれませんが、何かが変わるんじゃないかなと信じたいです。