女優・門脇麦「絶望的な気持ちに…」幼少期の傷ついた体験がフラッシュバック 恵まれていると思いながらも社会の闇に葛藤した読書体験を明かす
自分では飛んでゆけない世界に行ってみたい
人格とは、幼少期に培われた基盤に、その後の経験が足し算引き算されて形成されると思っています。なので、本や映画を紹介する時、子供の頃に遡ってお話しすることが多いのですが、「門脇麦はいつも子供の頃の話をするけど、向こう側の人なんだな」というニュアンスのコメントが書かれていて、はっとしたんです。子供の頃の自分のままでは生きていけない人がいるんだって。アキのように虐待されて育った人が、当時の感覚で生きていくのは無理で、私はすごく恵まれているんだと、改めて気付かされました。 だからこそ、アキは「俺」に出会えてよかった。アキ・マケライネンという俳優を知り、高校卒業後、劇団に入団し、一時でも輝きを得て……。アキは「俺」に救われたんだと思います。 誰かの一言がきっかけや救いになり、そういう場を見つけられる人もいれば、できないまま大人になる人も多いと思います。言葉そのものに気付かない人もいるでしょうし、発する側のワードセンスと、受け手側の何かを欲するセンサー、その全ての掛け合わせが必要なので、難しいですよね。 私は小さい頃からバレエを習っていたのですが、中2でプロにはなれないと判断して、辞めました。けれども、表現以外にやりたいことはなくて、ミュージカル、演技、歌のような手段で表現して生きていきたいと思っていた時、映画に出会い、女優を目指しました。表現先を探していた頃の出来事は全て今の仕事に繋がって、今、女優をさせてもらっています。他の仕事はとてもできなかったとも思いますが(苦笑)。 表現はしたいですが、自分で何かを生み出したいと思ったことはくて、誰かが作った作品の方が、私は飛ぶ事ができるんです。自分で踏み出したら、1センチくらいしか飛べないけど、誰かの言葉や設定を借りたら100メートルくらい飛べる。だから、監督や脚本家になりたいという気持ちはありません。脚本家の方が書いた台詞を貸していただき、自分では飛んでゆけない世界に行ってみたいんです、私。 高校生の頃、貪るように本を読んでいましたが、書きたいと思ったこともありません。断片的な集中力はあると思いますが、構想に何年もかけるような長期的な集中力はないし、何より、私にとって読書とは、言葉を脳みそに入れて反芻して、自分と対話している感覚になって、ゼロから生み出されている作品に触れられることへの幸せと気付きに満ちた時間です。 『夜が明ける』は、アキと「俺」の状況に胸を痛めながら読んでいるのに、結局は自分に対する気付きや跳ね返りが一番大きかった。西さんは凄まじい作品を世に出されました。何より、ハラスメントも虐待も、この世からなくなればいい、心からそう願います。