ローカル線も路線バスも「赤字か否か」が注目されがちだが…欧州ではここを見る、公共交通の力を引き出す4つの側面
(柴山多佳児:ウィーン工科大学交通研究所 上席研究員) ■ 山奥のバス路線で見かけた多彩な乗客 【表】公共交通のポテンシャルを引き出す4つの側面 今年の8月のことだが、オーストリアの東チロル地方で、夏休みの水曜日午後、山間部を走るバスに乗る機会があった。前回まで3回にわたって紹介したイタリアの南チロル地方に隣接する地域だ。 ◎廃線から14年…イタリア山間部のローカル線“大復活”のワケ 「乗客27倍」「新型車で利便性アップ」ナゾを徹底解剖 ◎乗客減のローカル線、魅力はこう磨く! 廃線から劇的復活「ホームで乾杯」「両側乗降」イタリアの鉄道に学ぶ先行投資 ◎ボロボロのローカル線、廃線後に130億円投資で復活…「人口減を回避」「観光にプラス」イタリアの“お手本”に学ぶ 山奥の村を昼前に出発して、午後1時前に地域の中心都市リエンツに向かう、毎時一本のバスである。 筆者が数えたところ、バスの座席は48席。始発の山奥の村を出るあたりですでに10人ほどが乗っていた。リエンツまで残り40分の町マトライで乗客の半分程度が入れ替わったが、そこを過ぎたあたりからさらに増え始め、最も多かった区間では31人が乗っていた。 リエンツの専門医に通うという老婦人、遊びに行くらしきティーンエイジャー、トレッキング帰りと思しき人、休暇中と思われる赤ちゃん連れの家族。実に様々な人々が乗っている。 日本の山奥のバス路線ではなかなか見られない多彩な乗客の光景である。バス路線のポテンシャルが見事に引き出されている。 本連載は5回目になるが、今回から、公共交通のポテンシャルをどう見抜くのか、ということを考えていきたい。しかしそもそも、なにをもって「公共交通のポテンシャル」といえばいいのだろうか。 それを考えるには、公共交通がどんな側面を持っているかを考える必要がある。
■ 「赤字」か否か、それは公共交通のいち側面に過ぎない 鉄道やバスは、それぞれ鉄道会社やバス会社が運行する。専門的には「交通事業者」あるいは単に「事業者」と呼ぶ。 事業者は、車両などの設備を購入し、運転士など人員を雇い、列車やバスを走らせる。そこで得た収入から、設備投資や運行に必要な費用をまかなったり、乗務員らの給料を支払ったりする。 お金を稼いで、経費を支払い、その差を利益として得る。これは一般的な形の商売、まさに「事業」(ビジネス)である。これが公共交通の第一の側面である。 しかし、これだけで完結するほど公共交通は単純ではない。「交通弱者」という言葉があるが、世の中には自動車を持てない人・持たない人、また年齢や障がいなどの理由で自動車を運転できない人々が一定数いる。 さらに、飲酒後や薬の服用後、あるいは病気や怪我の時のように、一時的に自動車を使えない・使ってはいけないケースも様々ある。 恒久的であれ一時的であれ、自動車という移動手段の選択肢を持たない人々に、徒歩や自転車圏内を超えた長い距離を移動できる交通手段を提供するという役割が、公共交通にはある。 公共交通機関を使って買い物をしたり、病院に行ったり、遊びに出かけたり、親せきや友人に会うことができる。もしも公共交通がなければ、家族などの送迎に頼ることになるが、これは家族にとっては大きな負担である。 自動車を持たない・使えない人々への社会のセーフティーネットとしての機能。また、間接的に、私的にセーフティーネットを構築している送迎する家族の負担を軽減する機能。これが公共交通の第二の側面である。「公共交通の社会的機能」といってもよい。 なお、タクシーという選択肢もないことはないが、毎回使えるほどに廉価なものでもない。 また、特に地方部では顕著だが、乗りたいときにいつもあるかというと、そうとも限らない。近年何かと話題に上るライドシェアも同様である。 タクシーやライドシェアは、単独では上に書いた問題の解決策にならず、それだけでは社会のセーフティーネットとしては機能しない。