自給率よりよっぽどヤバい「肥料不足」、埼玉県に聞いた「下水汚泥」の可能性
「国内最大級」下水処理場での肥料製造
菌体りん酸肥料の製造現場は、同県戸田市にある荒川水循環センターだ。戸建てやアパートなどがひしめく住宅地を抜けた先に、30ヘクタールの広大な敷地が広がる。水処理施設の一部を覆う形で施設の上部に3.2ヘクタール分の緑地を整備し、「荒川水循環センター上部公園」として住民に開放している。 東京湾に注ぐ荒川の左岸に位置するここは、1966年に事業に着手し、72年に稼働を始めた。さいたま、川口、上尾、蕨、戸田の5市から下水を受け入れる。 1日に処理する下水の量は、日本最大の東京都森ヶ崎水再生センターに継ぐ2位。晴天だと1日に約62万立方メートル、25メートルプールに換算して約1900杯分を処理する。12時間かけて下水を処理し、処理水として放出する。24時間365日休みなく稼働しており、約180人が勤務する。 国内最大級の規模を誇る理由を、下水道局下水道事業課長の水橋 正典氏が説明してくれた。 「下水は基本的に自然の勾配も利用しながら下流へと流れていって、最終的に処理場に流れ着きます。山などの地形上の起伏があると、どうしても超えられないので、地形的に平たんであればあるほど、より広いエリアをカバーできます。その点、埼玉県は南東部を中心に平野が広がっているので、広い範囲から下水を集めやすいです。スケールメリットを働かせて下水処理を安く効率的にしようと目指してきたところがあります」(水橋氏)
灰がそのまま肥料になるワケ
荒川水循環センターの最奥部、1番荒川寄りに焼却炉が並んでいる。銀色の炉の周りに足場が組んであるシンプルな構造で、いかにも工場という感じがする。県内の他の下水処理場は「工場の雰囲気があるからか、仮面ライダーやスーパー戦隊シリーズのような特撮の撮影でよく使われています」と井村氏。 荒川左岸南部支社の矢作 英智氏が、焼却炉を案内してくれた。 「焼却炉の中は850度以上の高温で汚泥を焼いています」(矢作氏) ダイオキシンは、600度以下の温度で燃焼すると発生しやすく、発生を防ぐには800度以上の高温で焼く必要がある。加えて、汚泥を燃焼させると窒素と酸素が結びついて、一酸化二窒素(N2O)が生じる。これは、二酸化炭素の約250倍の温室効果があるとされる。850度以上で焼くことが、その発生を抑える目安になっている。 汚泥を焼却すると、灰ができる。これがそのまま、菌体りん酸肥料になる。ただし、非常に細かい粒子のため、このままだと飛散しやすく扱いづらいので、ひと手間かける。青磁色の箱型の機械を前に、矢作氏が「これが加湿機ですね」という。 「水を加えて混ぜ合わせて、水分が30%程度含まれるようにしています」(矢作氏) 取材で訪れた日、焼却灰はやや赤みがかった灰色をしていた。 「灰の色は汚泥の成分によって結構変わってきます。1番影響があるのが、雨が降ったときで、鉄が入って赤身がかったような色になります。今の色は、冬場に比べたら、ずいぶん赤い色に感じますね」(矢作氏) なお、ここまでの工程は、灰をセメントの原料にする場合とほぼ同じ。違いは、セメント用は石灰を混ぜるというだけだ。低コストに肥料を作れることが、埼玉県のこの取り組みの特徴となっている。 「できるだけコストをかけないで肥料にするとなると、普通の下水処理の過程で出るものを極力そのまま使うというのが、理想的だと思っているんです」(水橋氏) こうしてできた「荒川クマムシくん1号」は、重金属の数値が基準を超えないことを確認した上で、ホッパーからトラックの荷台に落とされ、出荷される。 保証成分量は、リン酸全量16.0%。窒素とカリは少ないので、ほかの肥料の原料と混ぜることを前提にしている。下水汚泥自体には窒素が豊富に含まれるが、焼却時に酸素と結びついて気体になって失われてしまう。 肥料の中に含まれるリン酸は、保証成分量より高く、24.3%。ただし、作物の根から徐々に吸収されるため、肥料で重視される「ク溶性リン酸」は12.7%にとどまる。今後、この濃度を高めたいと、ク溶性を下げる要因は何なのか、調査しているところだ。水処理の過程で、汚泥を分離するために使う「凝集剤」が影響している可能性がある。 「凝集剤は、アルミが入っているものや、鉄が入っているものを使っているんです。こうした鉄やアルミがク溶性を下げる要因になっているんではないか。なるべく使わない形にできれば、ク溶性も上がってくるんではないかと考えています」(井村氏) 肥料化を検討したとき、選択肢の1つだったのがリン回収だ。神戸市や横浜市、東京都などが手掛けている。薬品を使って汚泥からリンを回収する方法で、高濃度のリンが取り出せる。肥料として利用するのに有望な技術とされている。 「どうしても薬品を使ったり、大掛かりな装置が必要だったりするので、コストが高くなってしまいます。リン回収した後にも、処理しなければならない汚泥が残り、その産廃処理もあってコストが高くてやりづらいところがあります。埼玉県としては、リン回収はなかなか手が出ないですね」(井村氏) その点、焼却灰の肥料化は追加の施設が必要なく、安価に製造できる。販売価格も安く設定できると井村氏は話す。 「これまでは灰を処分費を払って産業廃棄物として処分していたところがありました。逆に肥料として販売できるようになる時点で、これまで払っていた費用が節約できるので、それだけでもメリットになります。販売価格を上げないといけないわけではないので、肥料メーカーに安価に提供できるんじゃないか」(井村氏) 菌体りん酸肥料は、埼玉県では現状、年間300トン程度しか確保できない。安全性を担保するため、重金属が基準値を超えていないことを全ロットで調査する。その間、一時的に保管しておける量がこの程度にとどまってしまうという。 荒川水循環センターの敷地は広大だが、「これでも、もう空きスペースがほとんどなくて、手狭なんですよね」と水橋氏。 「もうちょっとスペースがあったら、できた灰を一時的に保管する場所を作って、肥料として出荷できる灰の生産量を増やせるとは思うんですけど。現状はそこまでのスペースが確保できていません」(水橋氏)