役所広司がカンヌで最優秀男優賞『PERFECT DAYS』は小津安二郎の『東京物語』のオマージュ。役所さん演じる平山を見て私たちは満ち足りる
1989年に漫画家デビュー、その後、膠原病と闘いながら、作家・歌手・画家としても活動しているさかもと未明さんは、子どもの頃から大の映画好き。古今東西のさまざまな作品について、愛をこめて語りつくします!(写真・イラスト◎筆者) 【漫画】妖艶な着物姿。石川さゆり演じる居酒屋のママ * * * * * * * ◆話題になりまくった『PERFECT DAYS』 『PERFECT DAYS』は見とかなくちゃ、と、映画館に向かう道すがら、駆け足で私を追い越した2人の男性がいた。 1人は40代くらいのサラリーマン風、もう1人はダウンの黒いジャンパーを着た初老の男性。案の定2人とも「パーフェクトデイズ」と切符を買い、映画館の暗がりに消えた。 役所広司がカンヌで最優秀男優賞を獲得したこともあり、話題になりまくった映画。館内はそこそこの観客、多彩な世代で埋まっていたので、ちょっと嬉しくなった。 正直地味な映画である。ヴィム・ヴェンダースという人は、ハリウッド的な映画作りに背を向けた「ミニ・シアターの監督」というイメージだし、「小津安二郎ファン」としても知られる。かといってその映画は眠ってしまうような難解さとは無縁だ。 『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』や『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』のようなノンフィクションや、『緋文字』のような文学作品も十分にエンターテインメントにしたし、『ベルリン・天使の詩』は、熱狂的なファンに支持された。 しかし、『PERFECT DAYS』がこれだけの喝采で受け入れられるのはちょっと疑問であった。
◆「ノンフィクション」かと思わせる手法 先ず、物語全体を貫く空気感がとにかく、「緩い」。世界がこんなに戦争で大混乱を呈している中、日本という特殊な立ち位置の国の、「バーチャル平和」を呑気に描いていていいのか? というのが最初の印象。もう少し別のアプローチが現れるのかと期待していたが、最初の空気感のまま映画は終わった。 画像はそこそこ美しくて飽きないし、日本人なら誰もが知ってる風景を、外国人ゆえの視点で撮影。2時間を飽きさせず、幸福な気持ちにさせてくれるのは、達者な映画職人らしい。しかし、これは決して「ドキュメンタリー」ではない。「ノンフィクション的に見えるリアルな撮影方法で、私たちを巧みに「理想郷のように作り直された東京」に引き込む、大人のファンタジー」に他ならない。 そもそも「平山」と言う主人公の名前が、小津安二郎の『東京物語』のオマージュ。 「今時よく見つけた!」と言いたくなるような、古いタイプのアパートに、ヴェンダースはパラダイスを重ねる。勿論その気持ちはわかるし、浅草や新宿ゴールデン街を愛する外国人観光客が喜びそうな雰囲気たっぷりだ。 この映画は「東京ノスタルジック・ツアー」といえる。ヴェンダースの本領発揮であるロード・ムービーそのもの。しかもある世代には「たまらない」音楽満載で、嬉しさ全開。 しかし、だ。例えば平山の毎日の始まりは、「起床してアパートのドアを開け、目の前の自動販売機で朝のコーヒーを飲む」という動作なのだが、あれだけのボロアパートにあって、「鍵を閉める」という動作がない。