役所広司がカンヌで最優秀男優賞『PERFECT DAYS』は小津安二郎の『東京物語』のオマージュ。役所さん演じる平山を見て私たちは満ち足りる
◆わざわざ描いた真意を問わなくては そしてかなり終盤、家出した姪っ子を迎えに来たその母、つまり平山の妹だか姉の乗っているのが運転手付きのリムジン。平山はどうやら金持ちの出で、彼があえて「トイレ清掃員」をしていることが明かされる。 「えっ、この生活って、つまり趣味??? それしか仕事がなく、身寄りもなく、孤独と不安に向き合い暮らす独居老人のリアルな現実とは程遠いでしょう?」と、批判的な気持ちがむくむくとこみあげる。しかし、である。 「ヴェンダースたるものが“その程度の大人のファンタジー”をわざわざ作り、社会的に居場所を失った中高年の留飲を下げて終わりにするのか?」と、改めて私は思った。貧困の切実さを彼が知らないわけがない、わざわざ「平山の実家は金持ち」と描いたその真意を問わなくてはと思うのだ。 最後、朝日を見ながらドライブする平山を見ていると、私たちの心は満ち足りる。故に「PERFECT DAYS」。地位も収入も捨て、修行僧のような生活をする平山の姿は確かに美しい。でも実際にそれを貫くには、多くの困難があるだろう。 年をとれば病気もする。治療費に困ったり、衰えた体力と孤独に悩むのが現実だろう。ホームレスに身を落とすことを恐れる人もいるだろう。そんな「ギリギリの生活」をパラダイスのように描いていいのか?
◆『東京物語』を見て衝撃を受けた そこで私は「ヴェンダースが小津ファンである」ということに立ち戻るべきではと思ったのである。 さて、皆さんは小津安二郎の映画を見たことがあるだろうか。多くの日本人は「小津はいいよ、美しかった日本を見られる」と、まるで夢見ごごちに語るのだが、私はその代表作と言われる『東京物語』を見て、衝撃を受けた。とにかく登場人物が酷い。 『東京物語』は、「平山周吉」という、東京の子どもたちを訪ねて広島から出てきた老父が主人公だが、戦後から復興途中の日本の中で、いかに日本人の「心」が失われていくかを描いた痛切な映画であった。 東京観光に来た老夫婦、平山周吉と、その妻・とみだが、平山医院を営む長男・幸一も、美容院を営む妹も、日々の仕事に追われ、両親の相手をほとんどしない。 両親に優しいのは戦争で亡くなった弟の妻(原節子)ただ1人で、あとの兄弟は親の面倒なんて見ていられぬと、両親を熱海旅行に「追いやり」、東京観光で疲れ果てた老母は、帰りの新幹線で体調を崩し、広島につくや亡くなる。葬式の時に涙する家族もほとんどいず、淡々たる事この上なし。 小津安二郎とは「家族の解体」、「日本人の心の喪失」という痛い問題を抉り出した人なのだ。その小津を称えるこのドイツ人監督が、今の日本を批判しないはずがあるまい。