「日本一暑いまち」熊谷の暑さに強い米 始まりは“奇跡の一株”から
埼玉県熊谷市にある県農業技術研究センターで、暑さに強い水稲新品種「えみほころ」の開発が最終段階を迎えている。記録的な猛暑で生育不良が続出し米価格が高騰する中、高温耐性の品種開発は全国で喫緊の課題だ。そうした中で、えみほころが誕生した背景には「日本一暑いまち」という地の利と、長年にわたる研究員や職員の地道な努力があるという。 【写真で見る】スーパーからコメが消えた「令和の米騒動」 全国各地で取り組まれている新たな米の開発は、膨大な品種の組み合わせによる人工交配と増殖、株の栽培と評価・選抜の繰り返しだ。暑さや害虫、病気に強く、おいしく、栽培しやすい――。そんな品種を完成させるには早くても10年程度の月日を要する。 えみほころも2012年に人工交配を始め、22年に品種登録を出願した。試験栽培された米の一般販売も24年12月から一部で始まった。名前の意味は「食べるとおいしさで顔がほころんで笑顔になる」。同センター水稲育種担当チームを率いる大岡直人部長(49)は、「えみほころは途中で有望なライバルが出現し、数年間にわたって競い合った末に勝ち残ったんですよ」と教えてくれた。 ◇濁らなかったコメ 埼玉の米が暑さの問題に直面したのは、当時、観測史上最も暑い夏(6~8月)となった10年のこと。コシヒカリ系とササニシキ系の品種を交配させて02年に誕生し、県内で広く栽培されている「彩のかがやき」は、高温によって米粒が白く濁る「白未熟粒」が多発。77・3%が農産物検査で規格外になる甚大な被害が生じた。 この頃、同センターは新品種「彩のきずな」の開発に取り組んでいた。ただ、当時は高温耐性を開発目標とはしておらず、交配後に選抜を進めていた約300種の株の米粒も夏の暑さでほとんどが白く濁ってしまった。その中に1株だけ、酷暑を生き抜いても濁らなかった米があった。県が「暑さを乗り越えた“奇跡の一株”」と呼ぶ開発秘話だ。 その1株から種を増やし、完成した彩のきずなは暑さに強い品種として県内各地で栽培されるようになった。食味にも優れ、日本穀物検定協会が実施する「米の食味ランキング」でも23年度まで4年連続で、最高ランクの「特A」評価を受けている。 それ以来、同センターは高温に強い品種の育成と高温障害を軽減する栽培技術開発に力を入れてきた。現在のチームは大岡部長のもとに20~30代の女性研究員3人と、作業を担う技能職員3人の計7人。開発完了が近づくえみほころの高温耐性の評価は「強~やや強」で、「やや強」の彩のきずなよりも更に暑さに強くなった。食味も彩のかがやきなどと同等という。 埼玉の強みは、いわば「日本一暑いまち」を生かした品種開発だ。大岡さんは「他県では、高温に対する耐性の検定を温室の中でやったりしないといけないが、熊谷では自然条件で十分判定できる」と、地の利を指摘する。一方で「実際に作業をする者としては(暑くて)しんどいですけどもね」と苦笑した。 新品種開発の目標課題は尽きることがない。大岡さんは「暑さは玄米の品質を悪くするだけではなく、環境の変化によって今までは問題になっていなかった病気が目立つようになるといった新しい課題も出てきています。被害が拡大しているカメムシなどへの耐性も先々の目標になってくると思います」と話す。 えみほころの生産が県内で本格化する頃、チームは次の品種開発にまい進しているだろう。「私よりも下の世代の研究者には、将来はえみほころを超えてくれるような、さらに良い品種を作ってほしい」と願っている。【中山信】