老舗企業が後継の経営者に「タフ・アサインメント」を経験させる理由
● 制約のある環境でサバイブして 変化への適応力を高める 1つ目は「本社からの物理的位置関係」です。物理的位置関係とは、「後継者の配置場所が本社(基幹事業部門)とどの程度、距離的に離れているのか」を示すものです。 通常、海外現地法人や子会社というタフ・アサインメントでは、古参の先代世代の人たちの影響を受けにくく、「後継者のオリジナリティの鍛錬」に役立つことが調査でも示されています。 こうした部門は、本社と違って比較的、歴史も浅い。慣習や過去の見本となる例も少ない。この環境下では先代の助けなしに、後継者みずからが戦略を考え、試行錯誤する力が養われます。 また、本社の古参幹部がいない海外や新規事業部門というのは、後継者にとって、より働きやすく、仕事の自立性を発揮しやすい環境であるといえます。そうした部門に最初に配置することで、後継者の創意工夫を促し、発揮させる。将来、後継者が本社に帰還する際に、組織に多様性や異質な価値観を持ち込んでもらう機会にもなります。 2つ目は「経営資源の制約」です。つまり、後継者にとってサクセッションとは、先代の経営者から、人、物、金、情報という経営資源を引き継げるわけですね。しかし、たとえばコロナ禍では、宿泊業や飲食業の方々にとって非常に大変な環境になりました。先代によって築かれた成功モデルは通用しませんし、経営資源をふんだんに引き継いだからといって、厳しい経営環境を乗り越えられるわけではありません。 後継者には、いわばスタートアップ企業のような環境を経験させておくことで、環境が激変した際の適応力を高めてもらう必要がある。「かわいい子には旅をさせろ」という諺(ことわざ)があるように、制約のある環境に身を置いてもらうことで未知の環境への適応能力を身に付けさせる効果が期待できます。 「本社からの物理的位置関係」と「経営資源の制約」。この2つが、後継者にタフ・アサインメントを経験させる隠れた意味であると考えられます。 なお、新たな後継経営者を育てるということは、同時に、現在の経営者(先代経営者)の引退プロセスもまた設計していかねばなりません。時に実力経営者によって院政が敷かれると、事業承継が遅れてしまい、次世代経営者が育たないこともよくあります。 人事部門や人材開発部門としては、こうした現経営者の引退プロセスもまたサポートしていく必要があるわけです。これは難しいですよね。自分たちの上司だった人ですからね。 後継者がタフ・アサインメントを通じてしっかりと経営者としての能力や意識を高められているか、そして現経営者から後継者へとどのように権限を委譲させていくか、これらをきちんと現経営者に提示し、納得してもらう。 加えて、現経営者に対して、引退後の企業への新たな関わり方(技術部門や販売部門の顧問など)を示すことで、現経営者の引退プロセスは格段に進めやすくなります。 後継者への権限委譲を進めるサクセッションプランの作成において、留意しておくべき点であるといえるでしょう。 次回は、こうしたサクセッションプランを実践していく中で重要な部門であり、主導的立場が期待される人事部門の役割について考えていきたいと思います。(続く)
落合康裕/経営・戦略デザインラボ
【関連記事】
- サクセッションプランの「3つのポイント」とは?「世の中の環境変化」のタイミングで老舗企業が事業承継を行う理由
- 田原総一朗と谷良一(『M-1はじめました。』著者)が対談!「泣かせたり怒らせたりすること」よりも難しいのは「人を笑わせること」
- 【動画】『学習する組織』ピーター・センゲ氏インタビュー後編「自然界からの問いにはこう答えよ、それを誤れば私たちの種は長続きしない」
- 宮本恒靖(日本サッカー協会会長)、島田慎二(B.LEAGUEチェアマン)、森林貴彦(慶應義塾高校野球部監督)が語る「組織変革」と「個の成長」
- JAXA時代の同僚、宇宙飛行士・山崎直子氏と慶應義塾大・神武直彦教授が語るキャリア自律、「どの道を選ぶか」よりも「どのように歩くか」が大切