「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・橋姫⑦ ついに明かされた出生の秘密と「父の遺した手紙」
「あなたさまが処分なさってください。『私はもう生きていかれそうにない』とおっしゃって、このお手紙を取り集めて下げ渡されましたので、小侍従にまた会うことがあれば、その時かならず女三の宮さまに届けてもらおうと思っていたのです。けれどそれきりで別れてしまったのを、私ごとではありますが、どこまでも心残りで悲しく思います」 ■山の紅葉が散るより前に 中将はさりげなく受け取ったものを隠す。こうした老人は、問わず語りのようにして、珍しい不思議な話としてだれかに話したりしないだろうか、と不安に思う。返す返すも他言しないと弁の君が誓ったのだからそんなことはすまいが、とまたあれこれと思い悩む。
中将は粥(かゆ)や強飯(こわいい)などを食べる。昨日は休日だったが、今日は宮中の物忌(ものい)みも明けただろうし、冷泉院の女一の宮が病気なのでお見舞いにぜひ行かねばならず、あれこれと忙しくなるので、ここしばらく京で過ごしてから、山の紅葉が散るより前にまたこちらに伺いたいと八の宮に伝える。 「こうしてしばしばお立ち寄りいただきますあなたの光で、この山陰も、少し明るくなる心地です」と八の宮はお礼を言う。
中将は京に帰り、真っ先にこの袋を見る。唐織(からおり)の、模様を浮き織りにした綾(あや)を縫い、女三の宮宛ゆえ、おもてに「上」という字が書いてある。組紐(くみひも)で袋の口を結ってあるところに、その人(柏木)の名の封がしてある。中将は開けるのがおそろしくなる。開けてみると、さまざまな色の紙で、ごくたまにやりとりしていた女三の宮からの返事が五、六通入っている。そのほかには、この方の筆跡で、「病は重く、命の限りとなってしまったようなので、ふたたび短いお手紙ですら差し上げるのは難しくなりましたが、お目に掛かりたい思いは募る一方です。あなたは尼姿にお変わりになったとのことだけれど、あれもこれも悲しい」というようなことを、陸奥国紙(みちのくにがみ)五、六枚にぽつりぽつりと、鳥の足跡のような妙な文字で書き、