「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・橋姫⑦ ついに明かされた出生の秘密と「父の遺した手紙」
■多くの人に先立たれてしまったこの命 「殿(柏木)がお亡くなりになった騒ぎで、私の母であった人(柏木の乳母)はそのまま病に臥し、まもなく息を引き取りました。私はいよいよ意気消沈し、藤衣(ふじごろも(喪服))を重ねてまとい、悲しいことばかり考えていたのです。そうしているうち、何年も前からよからぬ男が私に心を寄せてきていたのですが、その人が私をだまして西の海の果てまで連れていってしまったのです。京のこともすっかりわからなくなり、夫となったその人もその地にて亡くなりました。十年あまりがたちましてから、別世界にやってくるような気持ちで京に戻ってきたのです。この八の宮さまには、父方の関係で幼い頃から出入りする縁がありまして……。今はこうして世間に顔出しできる身分でもありませんし、冷泉院(れいぜいいん)の女御殿(弘徽殿女御(こきでんのにょうご)・柏木の妹)のお方のところなどは、昔からお噂を伺っていましたから、そちらへおすがりするべきだったのですが、決まり悪く思えて顔を出すこともできませんので、こうして山深くに埋もれた朽ち木のようになっているのです。小侍従はいつ亡くなったのでしょう。あの当時、若い盛りだと思われていた人たちもだんだん数少なくなってしまったこの晩年、多くの人に先立たれてしまったこの命を悲しく思いながら、それでも生き長らえているのです」などと話しているうちに、また夜も明けてしまう。
「わかりました、この昔話はとても終わりそうにないことだし、また人に聞かれない安心なところで話すことにしましょう。小侍従という人は、うっすらと覚えているところでは、私が五、六歳くらいになった頃でしょうか、急に胸を病んで亡くなったと聞いています。こうしてあなたと会うことがなければ、私は何も知らず、実の父を供養もしない重い罪を背負ったまま終わってしまうところでした」などと言う。 弁は、ちいさくいっしょに巻いてある女三の宮に渡せずじまいだった手紙の、かび臭いのが袋に縫い入れてあるものを、取り出して中将に渡す。