貿易戦争に勝者はいない:追加関税案はUSMCA見直し前倒しの布石か
貿易協定を締結する国に突然の追加関税導入
トランプ氏は11月25日に、中国からの輸入品に一律10%、カナダ、メキシコからの輸入品に一律25%の追加関税を来年の大統領就任日に課す考えを示した。トランプ氏は中国に対する追加関税は、合成麻薬フェンタニルの原料となる化学物質を規制していないことを理由としている。また、メキシコとカナダは、不法移民の増加とフェンタニルのまん延を助長していることを理由に挙げた。 中国への追加関税導入は予想通りであったが、カナダ、メキシコについては全く予想外だった。米国はカナダ、メキシコとUSMCAという貿易協定を結んでいる。それは、2020年に発効したもので、北米自由貿易協定(NAFT)の後継である。自由貿易協定に類する協定を締結する国に対して、突然追加関税の導入を課すことは、極めて異例なことだ。トランプ氏は、USMCAが海外部品を用いてメキシコ、カナダで生産した製品が無関税で米国に流入しているとして、問題視してきた。また、米国で貿易赤字拡大や自動車部門などの製造業で数百万人規模の雇用喪失につながった「過去最悪の貿易協定」だとして繰り返し批判もしてきた。USMCAは2026年に見直す計画となっているが、その見直しを前倒しで行う考えが、今回の追加関税の計画にあるだろう。 GMやフォードといった米自動車大手も、過去数十年にわたり、米国、カナダ、メキシコの3か国間の自由貿易を前提として工場の立地計画を立ててきた。調査会社ウォーズ・インテリジェンスの予測によると、米国における今年の車両販売台数の約16%はメキシコで製造されたもの、約7%はカナダで製造されたものとなる。トランプの追加関税案は、米国企業にも大きな打撃となる。
メキシコは報復の構え
トランプ氏の追加関税について、メキシコは強く反発し、報復関税を課す考えを示している。貿易戦争の始まりである。 メキシコのクラウディア・シェインバウム大統領は、トランプ氏が実際に関税発動に動けば、2018年の場合と同様に報復する考えを示している。メキシコは2018年に、米国向け鉄鋼輸出が関税対象となったことを受けて、米国産の鉄鋼に同率の関税を課した。さらにメキシコは豚肉やチーズ、リンゴ、バーボンなどの米国製品にも関税を課した。これらは、共和党への支持が強い選挙区を狙った報復関税だった。両国は最終的にはこうした関税を取り下げることで合意した。 両国への関税は、米国内で鉄鋼とアルミニウムの価格を押し上げる可能性が高い。カナダとメキシコは米国市場への主要供給国であるためだ。また、米国はカナダの石油のほぼ全量を購入している。そして、カナダは米国が外国から輸入する石油の約60%を供給している。追加関税が課されれば、米国内でのエネルギー価格の上昇を引き起こすだろう。 「貿易戦争に勝者はいない」とよく言われる。仕掛けた側にも打撃がかえってくるからだ。こうした単純な理屈を理解するまで、トランプ氏は追加関税政策を段階的に打ち出していくだろう。 (参考資料) "Trump Fires Salvo on North American Trade Pact(トランプ氏、北米貿易協定で対決姿勢)", Wall Street Journal, November 27, 2024 木内登英(野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト) --- この記事は、NRIウェブサイトの【木内登英のGlobal Economy & Policy Insight】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。
木内 登英