仁和寺決戦を制した藤井聡太竜王のスナイパー二枚角…「視覚の外から寄せられた」佐々木勇気八段が脱帽した規格外の射程[指す将が行く・竜王戦第3局]
飛車と角を刺し違え、角2枚を手にしてギアを上げた藤井竜王
2日目の夕方、後手も反撃して盤上は一手争いの終盤戦に突入した。佐々木八段は△8六角(第3図)と打って詰めろをかけた。先手はどうしのぐか。藤井竜王は▲6八角というひねった受け方も読んでいた。「角を手放すと、攻めのビジョンがなくて」と、デメリットが大きいと判断し、選択肢から消した。そして、17分の考慮で▲8六同飛と刺し違えた。角を温存したことが「スナイパー」の伏線となった。
さて夕刻といえば、対局初日は退館アナウンスが流れた時間帯だ。佐々木八段から指摘を受けた仁和寺はアナウンスが切れていることを入念に確認し、僧侶らは経を小声で読むなど静かな対局環境作りに気を配った。そして、夜の時間帯は境内の雲海ライトアップツアーに訪れる観光客がいたが、高僧らが「竜王戦の対局が佳境を迎えているので、声を殺して忍び足で境内を歩いていただけたら」と要望すると、客らは快く受け入れ、抜き足差し足で境内を歩き、「静寂」に協力したそうだ。
盤上に放たれた2枚の角、最初はその厳しさに誰も気づかず…
激しさを増す盤上は、第3図から▲8六同飛△同歩▲4二と△8四金に▲4一角(第4図)と進行した。銀に当てる△8四金に対する▲4一角は、単に銀にひもをつけただけの手に見えた。控室で検討する畠山八段は「緩い手にも映るけど、藤井竜王が指した手だからなあ」と意図を探った。しきりに駒を動かすが、真意は見えてこなかった。佐々木八段は首をかしげ、第4図から△9七飛と打った。
後手の飛車打ちは詰めろではない。藤井竜王はすかさず▲5四角(第5図)と打った。ただ、この角打ちも不思議な手なのだ。後手は8三の地点に銀を上がれば、玉の周りの金にひもがついて、囲いの連結がよくなる。果たして、二枚角の攻めは急所に入っているのか。当初は判断しかねていた佐々木八段だが、考慮中に「レールに乗ってしまった」と気付いた。
必死に受けの手を探した佐々木八段だが、藤井竜王に全て読み切られ
何か手段はないか。佐々木八段の表情がこわばった。中盤戦では2時間ほど持ち時間を多く残していたが、終盤に入ってみるみる後手の残り時間は減った。記録係に秒を読まれる佐々木八段は、素早くようかんを口に入れた。「瞬間芸」のような速さで糖分を補給し、受けを模索するも、見つからない。時が流れるなか「△9七飛が甘すぎたか」と自問自答したという。そして、54分の長考で△8三銀と上がった。