「バスケの本場」で練習試合、ボールを奪われ意気消沈したエースの心を捉えた名伯楽の穏やかで力強い「言葉」
福岡・福岡第一高の男子バスケットボール部は、インターハイ(全国高校総体)で4度、ウインターカップ(現・全国高校選手権)で5度の優勝を果たした強豪だ。「勝ちながら、いかに心を育てるか」。1994年の創部以来、チームを率いてきた監督の井手口孝さんは、今もコートで生徒に寄り添う。 【写真】鍛え抜かれた走力を生かし攻め込む福岡第一高時代の河村勇輝選手
チームが少しずつ結果を出し始めた頃、大切な出会いがあった。
2000年夏、選手たちにバスケットボールの本場を体験させようと、米ロサンゼルスでクリニック(講習会)に参加することにした。渡米費をまかなうため、保護者に費用を募ったが、数百万円の不足は自ら新車を売り払うなどして工面した。
海を渡って訪ねたのは、デイブ・ヤナイさん。トップアスリートが集う全米大学体育協会(NCAA)に所属するチームで、日系人として初めてヘッドコーチを務めた名伯楽として知られる。はるばるやってきた選手たちに細かく目を配り、指導してくれた。「自分は気づかなかったような選手の長所を、デイブさんは見つける。本当に選手を大事にするっていうのは、こういうことなんだ」。指導者としての基本を教わった気がした。
約2週間滞在したクリニックの最終日、現地の強豪フェアファックス高との練習試合に臨んだ福岡第一高は、圧倒的な実力差を前に打ちのめされた。
当時のエース三井秀機選手(42)がボールを奪われ、失点した時、ベンチで見ていたヤナイさんはおもむろにタイムアウトを取った。叱るのかと思ったら、「ミツイ、あなたはいい選手」。意外な一言目に、面食らっていると、片言の日本語でこう続けた。「いい選手は、ミスをしても一生懸命戻るんだ。なぜ、あなたはやらない」。穏やかながら、力強いメッセージだった。涙を流しながら聞いていた三井選手は意気消沈していたそれまでとは一転、見違えるように果敢に戦った。
三井選手のことは中学時代から見てきた。「どんなに叱り飛ばしても、自分には涙なんか見せたことはなかった」。鼻っ柱の強い選手の心を捉えるプロコーチの手腕を目の当たりにした。
今でも福岡第一高に定着している守備のスタイルは、この頃、ヤナイさんに教わったことが基になっている。選手との接し方も含め「デイブさんとの出会いがなければ、今の私も、福岡第一もない」と振り返るほど、大きなターニングポイントとなる機会だった。