マイナ保険証の根本的な問題は何一つ解決されていない/小島延夫氏(弁護士)
マイナ保険証の本格運用が始まった。しかし、根本的な問題は何一つ解決されていない。 12月2日をもって紙の健康保険証の新規発行が停止となり、マイナ保険証に移行することになった。いつの間にか、皆保険制度のベースとなる健康保険証が、任意取得のはずのマイナンバーカードに一本化されようとしている。 現行の保険証も最大1年間はそのまま使い続けることができるが、これから1年の間に、各人の持つ保険証の有効期限が切れ始める。マイナ保険証の登録をしていない人や高齢者には「資格確認書」という保険証とそっくりなものが、市区町村や各健康保険組合から送られてくることになっているが、既にマイナ保険証を登録した人は、登録を解除しない限り、基本的にマイナ保険証を利用せざるをえなくなる。 マイナ保険証は、医療機関を受診するたびに窓口でそれを提示して、医療機関が設置したカードリーダーに読み込ませなくてはならない。その際は顔認証を使うか、暗証番号を入力しなければならない。健康でこうしたカードの扱いに慣れている人にとっては何でもないことかもしれないが、障害があったり病気だったりしてカードリーダーをうまく操作ができなければ、さまざまなトラブルが起きる。車いすユーザーは受付台の上に置かれたカードリーダーでの顔認証は難しいし、発熱があり感染症の疑いがある場合はどうするのだろう。 そもそもマイナンバーという秘密情報が記載されたカードを持ち歩くことは想定されていなかったはずで、それを本人確認用に使うということ自体が大きな矛盾であり問題だと、行政法が専門の小島延夫弁護士は主張する。 しかも、マイナ保険証の導入や現行保険証の廃止が、十分に議論された上で決まったことなのかどうかも怪しい。 保険証廃止の方針は岸田政権下の2022年10月に閣議決定された。翌年の4月には、保険診療を行う医療機関にオンラインによる資格確認が義務付けられたが、この決定は国会での審議議論を経た法律の改正という形ではなく、厚労省が内部的に決められる省令によるものだ。その後、マイナンバーカードの紐づけのトラブルなどが多く報道されたことも記憶に新しいはずだ。 マイナ保険証のメリットとして政府が繰り返し伝えているのは、患者が情報提供の同意をすれば、これまで受けた診療の内容や薬の履歴などがわかるので、結果的に医療の質の向上が期待できるという点だ。しかし、それを実現するためになぜマイナンバーカードと保険証を一体化させる必要があるのか、その議論も十分とは言えないと小島氏はいう。 逆に、医療情報というセンシティブな情報は保護されるべきものであって、現在のマイナ保険証利用の際の同意取得の方法は極めて不適切であり、日本も認定を受けているEUのGDPR(一般データ保護規則)にも抵触する可能性があると、小島氏は指摘する。 こうした根本的な問題を解決しないまま、この12月からマイナ保険証の本格運用が始まったわけだが、今後マイナ保険証はどうなっていくのだろうか。 保険証そっくりの資格確認書は現行の保険証と異なり、各保険者に発行が義務付けられているわけではない。また、マイナンバーカードの電子証明書は5年で更新手続きが必要になる。いざ病気やけがで医療にかからなくてはならなくなったときに、資格確認書を持っていなかったり、マイナンバーカードの期限が切れていたりすれば、結果的に本人確認ができず、保険医療が受けられないというトラブルがいつ起きてもおかしくない。ひとたび医療情報の漏洩が起きれば、取返しのつかない問題となるおそれもある。 法的には任意であるマイナンバーカードの普及を進めるために、誰もが必要としている保険証とマイナンバーカードを無理矢理結びつける政府の手法に果たして正当性はあるのか。その強権的な手法はどのような問題を孕んでいて、今度どのような問題を生み出す恐れがあるのか。この問題を契機に10数人の弁護士と「地方自治と地域医療を守る会」を立ち上げた小島延夫氏と、社会学者の宮台真司とジャーナリストの迫田朋子が議論した。 【プロフィール】 小島 延夫 (こじま のぶお) 弁護士 1959年埼玉県生まれ。82年早稲田大学法学部卒業。81年司法試験合格。84年弁護士登録。95年東京駿河台法律事務所設立に参画。2004年~19年、早稲田大学大学院法務研究科教授。専門は行政法、環境法。日弁連公害対策環境保全委員長、東京弁護士会公害環境特別委員長などを歴任。24年より「地方自治と地域医療を守る会」代表。 宮台 真司 (みやだい しんじ) 社会学者 1959年宮城県生まれ。東京大学大学院博士課程修了。社会学博士。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授、東京都立大学教授を経て2024年退官。専門は社会システム論。(博士論文は『権力の予期理論』。)著書に『日本の難点』、『14歳からの社会学』、『正義から享楽へ-映画は近代の幻を暴く-』、『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』、共著に『民主主義が一度もなかった国・日本』など。 迫田 朋子 (さこた ともこ) ジャーナリスト 1956年神奈川県生まれ。80年東京大学医学部保健学科卒業。同年NHK入局。アナウンサー、解説委員、制作局エクゼクティブ・ディレクターなどを経て2016年退職。同年よりビデオニュース・ドットコムに移籍。著書に『医療現場取材ノート』など。 【ビデオニュース・ドットコムについて】 ビデオニュース・ドットコムは真に公共的な報道のためには広告に依存しない経営基盤が不可欠との考えから、会員の皆様よりいただく視聴料(ベーシックプラン月額550円・スタンダードプラン1100円)によって運営されているニュース専門インターネット放送局です。 (本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)