世紀の一戦は本当に引き分けだった? 内側から見たアントニオ猪木vsモハメド・アリ戦の深層
想定外だった判定決着に集計係は大慌て
当日、僕はジャッジペーパーの集計を任されていたので、リングアナウンサーの倍賞鉄夫さんの隣、一番前で試合を見ていました。僕自身はどんな不利なルールだろうが、ピストルを持っている人間がいようが、社長が勝つと信じていましたよ。だから、まさか15ラウンドまで行くとは思っていなかったんです。 よく社長は「相手の力が2か3でも、6か7まで引き上げてやって、自分は10を見せて勝つのがプロレスだ」と言っていたので、試合を見ながら「どこで社長は勝負を掛けるんだろう?」、「もしかしたらテレビ局に言われて、ある程度のラウンドまで引っ張らなきゃいけないのかな?」なんて思っていたぐらいですから。 そんな感じだったので、15ラウンドまで決着が付かずに判定にもつれ込むなんていうのは、まったくの想定外だったんです。だから、ジャッジペーパーの集計を任されていた僕は最終ラウンドのゴングが鳴って、もうパニックですよ。 僕は猪木社長が勝つ、判定決着なんか有り得ないと思っていたから、集計係とはいってもラウンドごとに計算していたわけでもないし、集めたペーパーをクリップに留めるわけでもなく、机の上にただ置いていただけだったんです(苦笑)。だから、本当に慌てましたね。最後のラウンドが終わってから一気に計算したので、結果を発表するまでに10分以上かかったはずです。 いざ計算したら、社長の減点を入れると引き分けになったんですよ。これは間違っていたら大変だと思って4回も計算し直したけど、それでも引き分けなんです。相談できる人も誰もいないし、「俺はどうしたらいいんだ…」と震えが来ましたよ。「この世紀の一戦が引き分けという結果でいいのかよ…」って。 これは杜撰な話なんですけど、ジャッジペーパーの計算の時に僕の側には誰もいなかったんです。坂口(征二)さんも山本(小鉄)さんも付いていなかった。それこそピストルを持った向こう側の人間に、「アリの勝ちになるように改ざんしろ」と脅迫されることも有り得たわけですからね。だから、アリサイドにしても杜撰だったんですよ。僕が猪木社長の勝ちに改ざんする可能性もあるのに、誰もチェックに来ませんでしたから。 そんな状態なので、僕が改ざんして、どちらかの勝ちにすることは確かに可能だったわけです。だから、「これで良かったのかなあ」というのが試合直後の正直な気持ちでした。最終的には、あの世紀の一戦を僕がジャッジしたようなものですからね。