「歴史だけでは食べていけない」――老舗劇団が直面したコロナ危機
「だけどやめようと考えたときに、『私、まだ何も成してないな』とすごく思って。まず座員として何かできないかと思って」 柴田さんは、幹部から若手まで11人でクラウドファンディング実行チームが結成されると、事務局の仕事を引き受け、支援を呼び掛けた。
ベテラン渡辺徹さんの危機感
俳優の渡辺徹さん(59)は1980年に文学座の研究生になった。翌年、テレビドラマ「太陽にほえろ!」の新米刑事役でブレーク。その後も文学座に軸足を置き続けている。 劇団の公演中止に、渡辺さんは危機感を覚えた。 「みんな芝居がやりたくて集まっていますから、長いこと芝居ができない状態は異常事態なわけです。劇団というのは、毎回毎回の興行で成り立っていますから。文学座はありがたいことに創立から80年以上経っていますが、一回一回の芝居を紡いで紡いで80年きただけで、まったく安泰ではないんです。歴史では食べていけませんから」
渡辺さんは劇団の公演以外にも、ミュージカルや人情喜劇など、幅広い舞台に出演する。コロナ禍になる数年前から、劇団を取り巻く環境の変化に対応しなければならないと考えていた。 「劇団というものは、みなさまに芝居をご覧いただいて成り立つわけですが、そのご覧いただくかたを広げていかなければいけない。新劇の先輩たちは、全国の演劇鑑賞会に作品を買っていただいて、北海道から九州まで旅公演をするのを基本的ななりわいとしてきました。これからは鑑賞会だけでなく、スポンサーを募るなどのベースをつくらなければならないんじゃないか。そちらに目を向けようと言っていた矢先の、コロナだったんです」 「営業活動をするのか基金を募るのか、どうしようかと話し合うなかで、若手から提案があったクラウドファンディングというかたちになりました。新劇を知らなかった人にも知ってもらえるという、広報的な効果への期待が大きかったですね」
杉村先生から受け継いだもの
その一方、クラウドファンディングに戸惑う座員がいなかったわけではない。富沢亜古さん(62)は「私は正直にいうと嫌でした」と言う。 「だって、人様のお金をいただくわけじゃないですか。これってどうしたらいいの、どうやってお返しすればいいのって思いません? 私たちが好きなことをやるためにお金をいただくわけですよね。ものすごく責任が伴うことです」 富沢さんは1978年に研究所に入所し、杉村春子さんの薫陶を受けた。80年代から現在まで、文学座の中核を担う俳優として数々の作品に出演し、今年6月の公演「ウィット」では主人公の女性を演じる。 「昔、西武(セゾングループ)の堤(清二)さんのような経済界の方たちからこれだけのお金を寄付するよと言われたときに、杉村さんは全部断っていたんです。杉村さんが言っていました。人にお金をもらうとその人の言うことを聞かなければいけないくなる。そうすると自分の芝居ができなくなる。もっともなんです」