「歴史だけでは食べていけない」――老舗劇団が直面したコロナ危機
富沢さんは昨年、出演予定の公演が二つ中止になった。当時の心境は意外にも、「ゆっくりといろんなことを考える、いい時間だった」と言う。 「私ぐらいになると、そうはいっても演劇はなくならないって、どこかで思えるんです。若い人はそれどころじゃないですよ。食べていくことで必死だと思う。俳優自体をやめてしまった人もいます。でも、やめるのは悪いことではないし、そのほうがいいこともいっぱいあります。だって、食えないですもん」 食えない仕事をなぜ続けてきたのか。富沢さんは「何か(魅力が)あるんでしょうね」と話す。 「役者は3日やったらやめられないと昔から言うじゃないですか。もう今や、どうやったらここ(アトリエ)を残せるのか、先輩たちからいただいたもののほんの端っこだけでも若い人たちに伝えていけるのかということしか考えてないです。(応接室にかけられている先人たちの写真に目をやって)この人たちの思いが全部ここに詰まっている」 「(クラウドファンディングに)支援してくださったかたには本当に感謝しています。いい作品をつくってお返ししていくしかない。いい伝統は残しつつ、今のお客様が見たときに深く心が動かされるような作品を届けていくしかないですよね」
文学座にしかできないこと
日本の演劇にはいろいろなタイプがあり、2000席の大劇場を埋められるような興行だけで成り立つ劇団もあれば、公的もしくは民間の助成を受けながら小さな劇場で意欲的な作品を上演する劇団もたくさんある。その多様さこそが、すぐれた文化芸術活動を生み出すための土壌となる。 文学座も文化庁の助成を受けている。経営だけを考えれば、もっと集客が見込める演目をやったり、スター俳優を客演に迎えたりという方法も考えられる。しかし、西川さんはこう言う。 「例会でもね、そういう話になるんですよ。もっと演目の幅を広げたらどうかって。ミュージカルに出ている俳優もいるし、僕も演出してるし、他にも(演出家が)いるし。だけど、じゃあ文学座がミュージカルやれば儲かるかって、そんなもんじゃないと思うんだよね。それはお客さんに失礼だと思う。文学座の基本は創立宣言にあるように、『真の意味における精神の娯楽』を提供すること。今こそ、文学座にしかできないことは何かを考えるのが大事だと思うんだ」