「松茸食べ放題の天国」だった"幸せの国"ブータン 「爆発的にうめえええっ!」と旅行作家の石田ゆうすけさんが心底感動した手料理とは
松茸をタワシでこする光景に絶叫!
松茸をテンジンに託し、部屋に入ってさっとシャワーを浴びる。そのあと食堂に行き、厨房をのぞいた瞬間、顔から血の気が引いた。テンジンと運転手の二人が松茸をボウルの水につけ、靴でも洗うようにタワシでゴシゴシこすっていたのだ。 「やめろーっ!香りが飛んでしまう!」 だが時すでに遅し、タワシで洗われた松茸はホワイトマッシュルームのように白くなっていた。頭がクラクラしたが、洗浄作業は始まったばかりだったようで、洗う前のものがまだたくさん残っている。助かった……。 僕は彼らに「いいかい、こうやるんだ」と言って布巾で表面の泥を優しくふきとった。そうやって処理した茶色い松茸と、徹底的に洗われた白い松茸、両方を金網にのせ、コンロに置く。
驚愕の美味しさ「松茸オムレツ」
松茸はまだまだあり、それをスライスすると小さなどんぶりに軽く二杯分になった。その一杯を、ホテルが僕らに用意していた野菜スープに入れ、もう一杯を卵と混ぜてオムレツにする。 テンジンと運転手と僕の三人で料理を囲み、まずはスープをすすった。松茸がドドドドドと口の中に入ってくる。クキュクキュと音が鳴りそうな歯触りにふわあっと広がる芳香、なんたる贅沢!水炊きのエノキダケみたいに松茸が食べられるなんて! 次いでオムレツを頬張ると、とろとろのクリーム状になった半熟卵の中から大量の松茸が口内になだれ込んでくる。うほほ。至福の思いで噛むと、繊維がシャキシャキとほぐれ、香りを放ちながら松茸が身悶えし、こっちも身悶えしながら、ルンバルンバ……バ、バ、 「爆発的にうめえええっ!」 牛丼をかっこむように松茸オムレツを口いっぱいに詰め込み、香りに酔い、嚥下し、再びかっこむ。僕は長いあいだ誤解していた。松茸は少量をありがたく食べるからうまいのだと。でもそうじゃない。口いっぱいに頬張ったらもっとすごい。これが「幸せの国」の実力か!
ブータン人が松茸を好まない理由って?
もう満足、目的は達せられた、そう思ったのだが、最後にメインが待っていた。焼き松茸だ。 食べてみると最高級の日本産となんら変わらない。松茸は新鮮なほど香るというから、現地で食べればうまいのは当然だ。いや、遠慮なく大量に頬張れる分、日本でちびちび食べていたときよりも僕は舞い上がった。香りを愛でるにはやはりシンプルな網焼きが一番かもしれない。 タワシでゴシゴシ洗った白い松茸と、そうしなかった茶色い松茸の差も歴然としていた。白い松茸は思いっきり神経を集中しても遠くのほうでかすかに香る程度で、ほとんど歯ごたえしか残っていない。テンジンも運転手も茶色い松茸を食べて目を丸くしている。まるでいま生まれて初めて松茸を食べた、といったような顔つきなのだ。 あれ?ブータン人が松茸を好まない理由って、もしかして……。 石田ゆうすけ 旅行作家。1969年、和歌山県白浜町生まれ。東京在住。高校時代から自転車旅行を始め、26歳から世界一周へ。無帰国で7年半かけ、約9万5000km、87ヵ国を走る。帰国後、専業作家に。自転車、旅行、アウトドア雑誌等への連載ならびに寄稿のほか、国内外での食べ歩きの経験を活かし、食の記事も多数手がける。世界一周の旅を綴った『行かずに死ねるか!世界9万5000km 自転車ひとり旅』(幻冬舎文庫)など著書多数。全国の学校や企業で「夢」や「多様性理解」をテーマに講演も行う。