「松茸食べ放題の天国」だった"幸せの国"ブータン 「爆発的にうめえええっ!」と旅行作家の石田ゆうすけさんが心底感動した手料理とは
「松茸がないがな……」
やっぱり何か変だ。会場をあらかたまわったところで違和感の正体がはっきりした。というより嫌な予感が当たった。 「松茸がないがな……」 生の松茸は売られていたが、たいした量じゃなかったし、なにより生の松茸を買って帰って家で調理して食べるのでは話が違う。僕のイメージする松茸祭りは、会場に設置された巨大なの上でギネス登録を狙わんばかりに大量の松茸が焼かれ、来場者にふるまわれ、もう松茸なんて見るのも嫌──これだ。その極楽浄土に向かって悪路の峠をいくつも越えてきたのだ。 最初のきのこスープはよかったが、盛り上がったのはそれだけだった。いや、いま思えばあのスープにも松茸は入っていなかったような……。 ガイドのテンジンに胸の内をぶちまけずにはいられなかった。 「これのどこが松茸祭りなんだ?」 「ブータン人、松茸がなくても誰も気にしないですよ。ヤク祭りにヤクが一頭もいないこともあります。ブータン人は祭りでお酒を飲んで酔っぱらえればそれでいいんです」 論点がずれている気がしなくもなかったが、妙に納得してしまった。たしかに男も女もみんな楽しそうに酔っている。松茸のことを気にしているのは、もしかしたら僕だけかもしれない。 「そもそもブータン人は松茸そんなに好きじゃないです。しめじのほうが人気あります」 あーあーあーと大きな声を出して耳をふさぎたくなった。じつはさっき、ガイドブックの取材にきているという日本人の記者に会い、彼からこんな話を耳打ちされていたのだ。 「この祭りは日本人観光客を呼ぶために最近始まったものですよ」
ブータン語で松茸は「サンゲシャモ」、ラベルには「MASUTAKEE」
会場に流れていた民族音楽がテクノに替わった。伝統芸能が行われていた広場では、腰穿きのだぼだぼジーンズにラフなシャツにキャップ、といういまどきの格好の若者がブレイクダンスを始め、もはや"伝統の祭り風"ですらなくなった。 とにかく松茸を食べないことには収まらない。ブータン語で松茸は「サンゲシャモ」だ。サンゲシャモの料理がないか人に聞いてまわったら、一人のおじさんが「あの店にあったよ」と教えてくれた。 行ってみると、何種類もの揚げ物がパックされて並んでいる。「サンゲシャモはどれ?」と聞いてみると、店のおじさんはかき揚げのようなものが入ったパックを指差した。ラベルには《MASUTAKEE》。 はあああとため息が漏れ、力が抜けていった。会場を覆っていたそこはかとない"やらせ感"がこのラベルに集約されているようだった。記者の言っていたことは本当かもしれない。 誰に向けた祭りか、このラベルにはっきりと表れている。もはやどうでもいいが、松茸のアルファベットの綴りもえらいことになっている。マスタケエエ。 どうやらそれが唯一の松茸料理のようだった。手のひらサイズのかき揚げが五個入って約八十円。かき揚げだから松茸は細かく刻まれている。買って食べてみると、ピリッと辛く、にんにくと生姜が強く香った。松茸の香りは完全に消され、シャキシャキした食感だけがかろうじて残っている。これならエリンギでええがな。