なぜ働いていると本が読めない? 「忙しい」だけではない根本的理由
三宅香帆さん著『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』 (集英社新書)が、発売1週間で累計10万部(電子書籍含む)、7月10日時点で早くも15万部を突破するなど、怒涛の売れ行きを見せている。背景には、忙しいビジネスパーソンの切実な思いを本書が代弁してくれた点があるのかもしれない。 【図表を見る】日本の働き方は改善しているのか? 長時間労働の実態 社会人が本を読めなくなる理由について三宅さんは、たんに忙しくて時間がなかったり、書籍というコンテンツを読み終えるのに時間がかかったりするからではないという。『Voice』2024年7月号では、読書の難しさについて、手軽に教養を得ようとする「ファスト教養」の風潮も踏まえながら話を聞いた。 ※本稿は、『Voice』(2024年7月号)より、内容を一部抜粋・編集したものです。 聞き手:編集部(中西史也)
社会人にとって読書はノイズ?
――本書は、働いていると本が読めなくなる理由について、明治時代からの読書史と労働史を振り返りながら考えています。なぜこのテーマでの執筆に至ったのでしょうか。 【三宅】私自身、大学院を出たあとにIT企業で働いていたとき、なかなか本が読めなかったんです。知人に話を聞くと、仕事をしながら読書ができないのはどうやら私だけではないようで、これは個人の問題ではなく社会の問題なのではと考えるようになりました。 そんなときに観た映画『花束みたいな恋をした』(2021年)で描かれていたのは、もともと映画や音楽、小説といったカルチャーに明るかった主人公の麦(菅田将暉)が、生活のために仕事を始めた途端、趣味から離れてしまう姿でした。 本作で仕事と文化的趣味の両立についてあらためて考えさせられ、このテーマについて書いてみたいと思ったんです。 ――ずばり、なぜ働いていると本が読めなくなるとお考えですか。 【三宅】自分に関係のない知識や文脈を取り入れるのが難しくなるからでしょう。仕事に注力していると、どうしても余暇の過ごし方も「ビジネスに役立つか」「いまの自分にとって効率の良い時間の使い方をできているのか」という発想で考えてしまいますよね。 でも読書という営み、とくに人文書や小説を読んでも「いまの自分」とどうつながっているのか想像しづらい側面があります。仕事で疲れていると、いまの自分とは関係のない外部の文脈にふれにくくなるのではないでしょうか。 ――仕事で疲れているときに新しい情報を入れたくないというのはわかる気がします......。 【三宅】そうですよね。書籍のなかでも、ビジネス書や自己啓発書はいまの自分に関係のある知識が書かれていて、「ノイズが小さい」分野と言えます。だから働いていても、それらのジャンルの本なら読める人はいるはずです。 一方で人文書や小説は「ノイズが大きい」。でもいったんふれておけば、すぐには役に立たないかもしれないけれど、将来の自分の助けになるかもしれません。 ここで強調したいのは、本を読めないのは決して悪いことではなく、疲れているときはいったん休んだほうがいいということです。疲れているときは知識を増やすことよりも、自分を守ることを優先していい。そして落ち着いたころに、もう一度読書に戻ってもらえればと思います。