「須田悦弘 展」(渋谷区立松濤美術館)レポート。精巧な技が光る世界に咲く木彫の花を探しに行こう
造形作家・須田悦弘の25年ぶりとなる東京都内の個展が渋谷区立松濤美術館で開催中
渋谷区立松濤美術館で「須田悦弘 展」が11月30日~2025年2月2日まで開催されている。 渋谷区立松濤美術館の建築は、「哲学の建築家」とも評される白井晟一(1905~1983)によるもの。渋谷の閑静な住宅街に佇む石造りのユニークな外観、入口の先には楕円形の吹き抜けがあり、そこに架かるブリッジからは池と噴水を見下ろすことができる。白井の建築を舞台にした須田悦弘のインスタレーションは、どのような空間を作り上げるのだろうか。いくつかの作品をピックアップして紹介したい。 本物と見紛うほど精緻な植物を木彫で生み出し、それらを思いがけない場所に設置したインスタレーションで知られる須田悦弘(1969~)。本展は、東京都内の美術館では25年ぶりとなる個展。多摩美術大学の卒業制作を含む初期作品やドローイング、近年手がけている古美術品の欠損部分を木彫で補う「補作」の作品、そして本展のために作られた新作まで、幅広い作品群が展示される。 内覧会に登場した須田は、今回の展示空間について以下のようにコメントしている。 「松濤美術館は平らな壁がなく、池もあるような、かなり独特な建物です。今回は展示する立場になって、実際に空間を見て、何回来れば来るほど特殊な建物だと思いました。しかし、個人的には変わった空間が好きで、訪れるたびに面白いところもたくさん見えてきました」 学生の頃、展覧会で仏像を見た須田は、同じ仏像でもお寺で見る仏像と印象が異なったことから「空間」というものを意識し始めたという。今回の展示では、地下1階のスペースで初期作品にあたるふたつのインスタレーション、《朴の木》(1992)と《東京インスタレーション》(1994)が登場。 《朴の木》は、須田が通っていた多摩美術大学の敷地内に咲いていた大きな朴の花をモチーフにしている。本展のために周囲の空間を新たに制作し、当時の姿で再現されている。朴の木を題材に作品制作を行う須田だが、本作では当時手に入った楠を使用しているという。 いっぽう、《東京インスタレーション》は2回目の個展で発表した作品。この頃、朴の木をまとめて入手する機会があり、以降、素材として使い続けるようになった。どちらの作品も中に入ることができる仕組みになっており、須田の空間作りへのこだわりを体感することができる。 地下1階の空間は造形作家としての須田の原点を辿る内容となっている。卒業制作と並んでいるのは、多摩美術大学のグラフィックデザイン学科の1年時に履修した立体造形の課題として作られた《スルメ》(1988)、初めて植物をモチーフにした《チューリップ》(1989)、根付に触発された《像》(1988~1992)など。しかし、ふと足元に目を向ければ、小さな植物がひっそりと存在していることに気づくだろう。上下左右の空間に注意を払いながら作品を探し出す体験こそ、本展の楽しみのひとつと言える。 大学卒業後に株式会社日本デザインセンターに就職し、パッケージデザイン科に配属されていた須田だが、1年で退職することになる。しかし、退職後も“アルバイト”としてイラスト制作を続け、数々の作品を手がけたという。「アサヒ 十六茶」やニッカウヰスキーなど、どこかで見ることあるイラストはまた驚くべき巧みさだ。 近年、須田は「補作」という新たな領域にも取り組んでいる。「補作」とは、古美術の欠損部分を補うこと、または補われた作品そのものを指す。最初の補作作品は、現代美術作家・杉本博司に依頼されて補った鎌倉時代の神鹿像だという。実際に作品を手に取り、細部まで観察し、丹念な研究を経て補われた作品は、一見してどの部分が補われたのか判別できないほどの完成度を誇る。その精密な観察力と卓越した技術は、まるで魔法のようであり、須田の才能に驚かされる。 須田の作品は、展示される空間そのものも含めてひとつの作品と言える。ひっそりと置かれた植物を発見した瞬間、周囲の景色がこれまでとは違って感じられるだろう。館内マップを片手に、あるいは感覚に辿って作品探しをしてみてはいかが?
Alena Heiß