ビジネス上のリスク、キャリアの分断 経団連が選択的夫婦別姓の早期導入を求めた理由 #家族とわたし
──「通称」はあくまでも「通称」であって、国内外の公的な証明には使えないわけですね。 「たとえば、女性役員が一人で海外出張に行きました。そこでパスポートの名前の不一致などのトラブルで入国が遅れた。すると、大切な商談の機会を失ってしまうわけです。紙のパスポートに旧姓が併記できるのは確かです。でも、いま入国管理の際、多くの国はパスポートに内蔵されているICチップで照合、処理します。そのICチップには通称はなく、戸籍姓しか入っていません。ICチップは国際基準なので、旧姓までは登録できない。そこでトラブルになるんです」 ──海外で「通称」が使えないだけでなく、同じ社内で通称だけ知られていて、本名を知られていない場合、公的書類で混乱する事例も多数あるようです。 「はい。この制度に慎重な方から『不動産登記も研究論文も旧姓でできる』『このほかにも旧姓の通称使用の拡大や法制化でトラブルは解決できる』とのご指摘がありますが、実際にはあくまで『通称』や『通称併記』という補足的な位置づけです。セキュリティの観点からも国際的通用力には疑問がありますし、アイデンティティの観点からは全く解決されません。また、一つひとつはそれほど大きな問題ではないと思われるかもしれませんが、日常的にこうした障害やリスクを抱えながら、一つひとつの問題に少しずつ心を擦り減らしている現実があります。その思いが、9割近い人たちが、不利益、不便を感じているという回答になったわけで、こうした方々の声を真摯に受け止め、選択肢を拡大していく必要があります」
世界で同一姓の強制は日本だけ
──振り返ると、経団連が過去に選択的夫婦別姓について積極的に提言をしたことはなく、今回が初めてです。なぜこれまでなかったのでしょうか。 「もともとは、旧姓の通称使用すら認められていませんでしたが、2016年以降、政府が旧姓の通称使用の拡大という旗を掲げたので、経団連も一緒に旗を振ってきたわけです。でも、DEIの考え方が浸透するなか、女性にとって通称使用の拡大だけでは限界があることを経営側も気づいてきた。そんな流れがあると思います」 ──ただ、古い資料をさかのぼると、1995年2月、経団連の「女性の社会進出に関する部会」とが発表したレポートもありました。そこでは、1994年に女性の働き方についてアンケートを行っており、「社員からの回答によれば、男性の43%、女性の56%が夫婦別姓に賛成と答えている」という報告もありました。一部に推進する声があったことがうかがえます。 「当時法制審議会では1991年から選択的夫婦別姓の議論がなされ、1996年にその答申が出されました。ですので、経済界として問題意識があったということだと思います。ただ、そのレポートはあくまでもアンケート調査の結果で、経団連全体の方針というわけではないです。その意味で、今回はアンケート調査を行った上で経団連として明確なスタンスを打ち出したというのが大きいと思いますね」 ──もう少し具体的に言うと、経団連が積極的になったのは、いまの十倉雅和氏(住友化学会長)が会長に就任してからのように見えます。 「そうなんです。十倉会長自身が、問題意識をもってくれたことは大きいです。経団連が今回提言に至ったのも、経営トップが、女性活躍のサポーターとしてこの問題に向き合ってくれたからです。今年2月の定例会見でも、十倉会長は『女性活躍や多様な働き方を推進する方策の一丁目一番地として、選択的夫婦別姓制度の導入に向けた民法改正法案を一刻も早く国会に提出し議論してほしい』と語っていました」 ──もともと関心があったんですね。 「NHKの朝ドラ『虎に翼』で結婚時の姓の話題が出たとき、『あなたの息子が結婚し、妻の姓に改姓したとして、息子に対する愛情は薄れるのか?』という問いがセリフで語られました。十倉会長も朝ドラをご覧になられていて、あの言葉に象徴されると話されていました」