「ああ、そういうことか!」窪田正孝主演「宙わたる教室」ほぼ原作通りのドラマ版 原作で気づかなかった部分を補う“ささやかで優しい改変”に感動
■特に推したい、第3話のささやかで優しい改変
全話の中で原作・ドラマともに最も印象に残っているのが第3話「オポチュニティの轍」である。保健室登校の名取佳純がそこを出て科学部に参加するまでのあれこれを描いた話で、ドラマ的には「あれこれ」の部分が大事なのだけれど、私がこの話を好きなのは藤竹と名取がSF小説を通じて交流を始めるくだりだ。 名取はアンディ・ウィアーの『火星の人』(ハヤカワSF文庫)を真似て、保健室のノートに日記をつけている。『火星の人』は、火星の有人探査ミッションで事故がおきて火星にひとりで取り残されてしまった宇宙飛行士の物語。火星のひとり「ザ! 鉄腕! DASH!!」という感じの話だ。日記の形式も特徴的で、それを真似た名取の日記は、たとえば「ログエントリー:ソル15 ハブで読書。『星を継ぐもの』九二ページまで。EVAなし」といった具合である。 ソルは火星の1日。ハブは火星の居住施設で、ここでは保健室を指す。EVAはExtravehicular Activity、船外活動のこと。つまり「登校15日め、保健室で『星を継ぐもの』を92ページまで読んだ、外には出なかった」という意味になる。ちなみに『火星の人』にも、主人公がデジタルブックでアガサ・クリスティーの『白昼の悪魔』を80ページまで読んだ、と書かれた日がある(犯人の予想もしている)。 それらの用語は小説では地の文で説明されるが、ドラマではそうはいかない。藤竹が養護教諭に、ソル、ハブ、EVAといった言葉の意味を説明する場面が挿入された。ここで私は感動したのだ。EVAは、原作では「宇宙服を着ての船(施設)外活動」としか書かれていないのだが、ドラマの藤竹は「EVAは船外活動のことです。外に出るためには重たい宇宙服を身につけなければいけない。保健室は学校で唯一、彼女が装備がなくても息ができる場所、ハブなのかもしれない」と説明するのである。 ああ、そういうことか、その比喩だったのかと膝を打った。原作小説を読んだときになぜ気づけなかったのか。やられた。私にとってはこの場面だけでも、ドラマを見た甲斐があった。 もちろん、テキストのみで説明された原作小説の実験を、映像で見られるという楽しみもある。窪田さんの朴訥とした優しい語りや、英語教師役の田中哲司さんの明るい演技などもドラマの大きな魅力だ。だがこのドラマの最大の特徴は、相手が誰であっても厳然として揺るがない科学という学問が揺らぎの多い生徒たちをつないでいく、そんな原作のテーマをしっかりと汲み取り、それをさらに映像とセリフで読者につなげていくための「ささやかで優しい改変」にあるのではないか、と感じたのである。 なお、『火星の人』は映画「オデッセイ」の原作だ。科学のテキスト表現と映像表現の違いは『宙わたる教室』に通じる部分もあるのでぜひどうぞ。映画と小説ではラストが違うのでチェックしながら楽しんでいただきたい。 大矢博子 書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。 Book Bang編集部 新潮社
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