競泳日本代表を18年務めた、入江陵介さんの最後のレース「悔しさより感じたのは...」
今年4月、2006年から実に18年間にわたり日本代表を務め、日本競泳界を牽引してきた入江陵介氏が引退を表明。人生の半分以上を日本代表として過ごした入江氏に、長期にわたる活躍を支えた熱意の源泉と、これからの新たな挑戦について聞いた。 ※本稿は、『THE21』2024年7月号掲載「私の原動力」より、内容を一部抜粋・編集したものです。
東京オリンピックのあとは「若手のため」に泳ぎ続けた
もっと早く引退しても、それはそれでいい人生を送れたのかもしれません。実際、これまで何度も「もうやめよう」と思った日がありました。ただ、長く続けたからこそ得られた出会いやご縁は、何物にも代えがたいものです。 出会えた方々のおかげで人間的にも大きく成長できました。その点だけでも、ここまで続けてきたことは間違っていなかったと確信しています。 競泳選手として生きていくと決めたのは、日本代表に初めて選ばれた高校2年生のときでした。当時、競泳は基本的にアマチュアスポーツ。プロとしての道が整っている競技ではなく、大学卒業と共に引退する人がほとんどでした。 そんな中でもプロとして水泳を続けていく覚悟が固まったのは、代表経験を経て、「この先もこの世界で、特にオリンピックで活躍したい」という思いが強くなったからです。それからの自分を支え続けたのは「オリンピックで金メダルを獲る」という目標でした。 年齢を重ね、思い描く結果に届かないことが増えてからも、その時々で自分に合う目標を設定しながら「次こそは」という気持ちを保てたことが、人生の半分以上の時間を日本代表として過ごせた秘訣だったと思います。 そして、そんな「原動力」に変化が起きたのが、競泳日本代表の「主将」を任された東京五輪での経験でした。水泳は、基本的には個人競技。その中で、主将に何ができるのか......それを考えるようになってから「次の世代につなぐ」ことを意識するようになったんです。 それと共に、その頃はまだ競泳界に「背泳ぎで世界と戦える若手」が育っていなかったこともあり、まだまだ自分が「壁」であり続けないと、という気持ちも生まれました。「僕を飛び越して、さらに上を目指せる選手に出てきてほしい」「でも、簡単には負けない」──東京五輪後の現役生活は、そんな気持ちも支えになっていたんです。