競泳日本代表を18年務めた、入江陵介さんの最後のレース「悔しさより感じたのは...」
募ったのは悔しさよりも「安堵と感謝」の気持ち
元々は、東京五輪を最後に引退、という選択肢も頭にありました。ただ、やはり「最後は応援してくださるファンの方々の前で」という思いがあって。東京五輪の無観客開催を受けて、パリ五輪まで力を尽くそう、と決めたんです。 結果としては、今年3月の代表選考会決勝が現役最後のレースになりましたが、100%の準備をして臨んだ結果ですし、もう悔いはありません。日本のファンの方々の前で、それも五輪代表に初めて選ばれた大切な種目「200m背泳ぎ」で競技人生を終えられて、とても幸せだったかなと思っています。といっても、最後のレース直後は、ものすごく悔しかったです。 その一方で、少しほっとしたというか、解放感のようなものもありました。今回、しっかり派遣標準記録を突破して五輪出場を決めてくれた後輩がいたこともあり、ようやくひと仕事終えられたような気がしたんです。なんというか「ようやくやめることができた」というような......。 水泳には、しんどい思いをたくさんさせられました。でも、得られたものはそれ以上に多いと思っています。それこそ、水泳からもらえるものはすべてもらって終われたんじゃないか、というくらいです。最後のレースでも、プールを去るときにはもう、悔しさよりも「感謝の気持ち」のほうがずっと強くなっていました。それは水泳そのものへの感謝でもあり、ファンの方々への感謝でもあります。
次のステージを準備し、引退後も勢いを止めない
今までは「目覚ましが鳴ったら即朝練」というのが当たり前でした。それが、引退してからは朝もゆっくり起きられるし、夜飲みに行くのも自由です。現役時代にはできなかった生活を味わいながら、しばしの充電期間を過ごしています。幸い、現役に戻りたいと思うこともありません。 これほどすっきりした気持ちで身を引けたのは、東京五輪からの数年で「引退後の方針」をある程度考えてから引退を迎えられたからだと思います。若い頃に感じていたような「キツすぎて、とにかく水泳から離れたい」という意味の「やめたい」で引退してしまっていたら、こうはいかなかったでしょう。 セカンドキャリアを考えるきっかけになったのは、16年のリオ五輪後に練習の拠点をアメリカに移した際、海外で活躍する選手の考え方を知ったことでした。練習の内容や、オンオフの切り替えといった部分でももちろん学びがあったのですが、彼らは「引退後の人生」もしっかり冷静に考えたうえで、競技に取り組んでいるんです。 中には、十分オリンピックを狙えるだけの実力があるにもかかわらず、「水泳だけが人生じゃない」と早々に水泳を引退して弁護士になった選手もいて、とても驚かされました。競技に集中することも当然大切ですが、引退後に向けた準備にも目を向けないと、いざその時期を迎えたときに大きく出遅れてしまう。そんな価値観に触れて、人生をトータルで考える大切さを学んだ経験です。 そんなこともあって、現役時代から「自分が知らない世界の人」とつながることを強く意識していました。他競技の選手の方々をはじめ、水泳以外の世界の人と知り合い、新たな知識をつけて視野を広げたことで、それまで水泳のことしか知らなかった自分が、人間的にも大きく成長できたと感じています。