川淵三郎氏へ渡辺恒雄氏「独裁者」当時、何が起きたのか…1994年12月の応酬プレーバック
読売新聞グループ本社代表取締役主筆の渡辺恒雄氏が19日に98歳で亡くなったことを受け、Jリーグ初代チェアマン時代に激しく対立していた日本サッカー協会(JFA)の川淵三郎相談役(88)が同日、JFAを通じて追悼コメントを出した。 「突然の訃報に言葉もありません」とした上で「目標を失った思いです」「恐れ多くも不倶戴天の敵だと思っていた相手が、実は最も大切な存在だったのです」などと悼んだ。 1993年(平5)のJリーグ開幕を巡り「独裁者」と批判し合った当時を本紙記事で振り返る。 ◇ ◇ ◇ 渡辺氏が川淵氏を「独裁者」と痛烈に非難したのは1994年(平6)12月9日だった。渡辺氏が、都内ホテルで開かれた「ヴェルディ川崎Jリーグ・チャンピオンシップV2祝賀会」に出席。乾杯のあいさつに立った際「企業サポーターがスポーツを育てる。1人の独裁者が空疎で抽象的な理念を掲げるだけではスポーツは育たない」と発言した。プロ野球でドラフト自由化を強引に進めるなど、独裁的傾向のあった渡辺氏が、意見を異にしていた“宿敵”に皮肉な批判をした形だ。 Jリーグ2連覇の威光が渡辺氏の舌鋒(ぜっぽう)を、さらに鋭くしていた。プロ野球では巨人軍が日本一奪回、読売新聞の発行1000万部突破、ラモス瑠偉に対する最大級の賛辞、川崎市に対する謝辞-。そこから渡辺氏の「独演会となった」と当時の日刊スポーツは伝えている。 クラブ名から企業名を外し「ホームタウン名+愛称」で統一を求めた呼称問題や、川崎の調布への本拠移転問題など、自身への批判を重ねた川淵氏を念頭に、こう言った。 「最近、サッカー人気はプロ野球に押され気味だ。プロ野球が人気を維持しているのは、各企業が金を使って育てているから。サッカーは市町村第一主義。結構なことだが、プラス企業サポートがないと育たない」 「そういう点で1人の独裁者が、空疎で抽象的な理念だけを抱えてはスポーツは育たない。Jリーグ規約(第12章)では、いかなる場合でも裁判にはかけられない。憲法だって『誰でも裁判を受けられる』と書いてある。こんなバカな規約があるかっ! 憲法違反だ」 川淵チェアマンは、このパーティーを欠席していたが、発言を会場で聞いていた当時の常務理事は「絶対に許せない」と強く反発した。電話で川淵チェアマンに報告し「クラブ側から謝罪がなければ、厳然たる姿勢で臨む。Jリーグから出ていってもらってもいい」と公的な立場で語った。 さらに「我々はルールに従っている。(渡辺社長は)サッカーを知らないのでは」。広報室長も「独裁者というのは言い過ぎ」と怒りをあらわにしていた。 川淵氏は翌10日、千葉県内の自宅で取材に応じ「その言葉、そのままお返しします」と反撃した。「独裁者」と呼ばれたことに「独裁者とはヒトラーやムソリーニのこと。僕には、そんな力はないよ。その言葉(独裁者)そのまま、お返しします」と苦笑いし「(渡辺氏に)Jリーグをアピールしていただいて、心から感謝したい」と皮肉で返した。 “憲法違反”批判には「勉強不足。こけおどしで、揚げ足取り。正面を切って議論する気にもなれない」と退けた。「渡辺さんは、ご自分さえ良ければ、なのだ。Jリーグは、そうではない。各クラブ、地域一体で共栄共存するためにつくった」と理念を強調した。 その後も「何年も先の夢を持たない人と、議論はかみ合わない」「独裁者から独裁者と言われて光栄」などと主張を一蹴していた。 発言の数々にも「別に驚かない。しかし公の場で、しかも言論のトップにある方の発言とは情けない」。Jリーグの理念を独裁者の抽象論と決めつけられたことには「地域密着、こんなに分かりやすいものが理解できないのではねえ。地域還元を挙げるJリーグと、自分の会社の利益を追求する考えでは相まみえない」と突き放した。 「野球人気は、企業サポーターがお金を出すから」との渡辺氏の持論にも、川淵氏は「何か、的外れな文句だなあ。三菱レッズ(浦和)とか日立レイソル(柏)とするつもりは、Jリーグにはない。設立の時に話して、ヴェルディも納得している。嫌なら参加することはない」と力を込めた。当初は、日本テレビや読売新聞だけが「読売ヴェルディ」の表記を用いていた。 2002年のFIFAワールドカップ(W杯)日韓大会を川淵チェアマンで招致できるか? と疑問視したことにも「笑止千万。招致の組織も議員連盟の動きも知らないのでは? 昨年は理念を、今年は規約を、世間に知ってもらう、いわば反面教師。そのくらいにしか思ってない」。対決の構図は連日、各メディアを通じて大きく報じられていた。 ◆Jリーグ規約第12章165条(最終的拘束力) チェアマンの下す決定はJリーグにおいて最終のものであり、当事者およびJリーグに所属する全ての団体および個人はこれに拘束され、チェアマンの決定を不服として裁判所その他の第三者に訴えることはできない。