「マイナ保険証」“薬局グループ経営者”が語る導入の“実情”…「いま、現場で起きていること」とは
政府がPRする「なりすまし等による不正利用防止」のメリットは?
次に、X氏は、政府がPRする「なりすまし等による不正利用防止」のメリットについても、自身の実務経験をもとに疑問を呈する。 X氏:「私も職務上、マイナンバーカードを持っていますが、『顔認証』はかなり面倒でエラーもあるので、4桁の暗証番号を入力します。私どものグループの薬局を訪れる患者さんもそういう人が多いです。 もし、他人にマイナンバーカードを手渡して4桁の暗証番号を教えれば、その他人がなりすまして資格確認をパスできます。 また、薬局で40年近く働いていますが、『なりすまし』や『使い回し』は一度も経験がありません。 医師の処方箋をパソコンで偽造して持ちこまれたことが過去1、2回ありましたが、これはマイナ保険証とは関係がありません」 この「なりすまし」「使い回し」は実際にどれだけ行われているのか。編集部で信頼できる情報の有無を確認したところ、2023年5月19日の参議院の地方創生・デジタル特別委員会で、厚生労働省が『なりすまし受診』『健康保険証の偽造』などの不正利用の件数は2017年~2022年の5年間で50件だったとのデータを示していた。これによれば「年平均10件」ということになる。 なお、一時期、インフルエンサーの「ひろゆき」氏が、「保険情報の誤りや不正使用は年間600万件にも上っており、その処理のための経費は1000億円を越える」という情報を拡散して話題になった。 しかし、その出典とみられる「保険証認証のためのデータ交換基準に関する研究(総括研究報告書)」の原文を確認すると、その文章の直後に「多くは単純な保険証番号の間違い」「資格停止後の保険証の利用も少なくない」と明記されている。「なりすまし」「使い回し」については一切言及されていない。
「医療DX加算」での「締め付け」も
今年6月に診療報酬の改定があり、「医療DX加算」(医療DX推進体制整備加算)という制度が始まった。薬局でのマイナ保険証の利用率が一定程度に達していれば加算を受けられるしくみになっている。 X氏は、この制度が薬局に対する「締め付け」になっていると説明する。 X氏:「加算される点数は、マイナ保険証の利用率が5%なら4点、10%なら6点、15%なら7点です。9月いっぱいで経過措置が切れ、10月から適用されます。 これは、マイナ保険証の利用率を上げるためだけの加算となっています。 先ほど述べたように、最近は、調剤報酬の加算をできる限り算定しなければ、収益が減り、経営が苦しくなる一方です。なので、私たちも、マイナ保険証の利用率を高めなければ、収益に関わります。 グループの各店舗の管理者に対しては、最低5%(4点加算)を目指して声掛けをするように指示しました。そのためのビラも作りました。 また、窓口では患者さんにマイナ保険証を持っているかどうかを聞いて、持っていると答えた人に提出をお願いするということを必死になってやりました。 『マイナンバーカードを作りたくない』という人や『マイナンバーカードを持ち歩きたくない』『個人情報を知られたくない』という人もいます。『なんで出さなくちゃいけないんだ』と怒る患者さんもいました」 マイナ保険証の使い方に不慣れな患者のために、本部事務局から薬局に顔認証付きカードリーダー操作の援助の使い方を教えるスタッフを派遣したこともあったという。 X氏:「私たちは、無用なトラブルは避けたいし、何より患者さんの意思を尊重したいと考えているので、本当はそういう働きかけはしたくないのです。 しかし、背に腹は代えられないので、患者さんへの働きかけをしました。結果として、私のグループの店舗ごとのマイナ保険証の利用率は、低い店舗で4%、高いところで15%でした。4%の店舗については10月から加算が受けられません。 来年1月からは、達成しなければならない利用率の数値が倍になります。利用率10%で4点、20%で6点、30%で7点になるということです。 私たちとしては、せめて4点を取らないと、収益が下がってしまいます。しかし、マイナ保険証を使いたくないという患者さんの気持ちはよく分かりますし、個人の意思は尊重したいと思っています。板挟みの状態です。 『DX』は本来、デジタル化の力を最大限活用し、利便性を向上させて人の暮らしの質を高めることをいうはずです。 しかし、今進められている『医療DX』は、多くの置いてけぼりになる人を生み出します。国による管理体制の強化と、企業によるビッグデータ収集と、市場開放を優先しており、歪んだ構造になっていると訴えたいのです」