「マイナ保険証」“薬局グループ経営者”が語る導入の“実情”…「いま、現場で起きていること」とは
厚労省の「マイナ保険証推進チラシ」で触れられていない「タイムラグ」の問題
政府は、マイナ保険証のメリットとして「医療情報の共有化で質のよい医療が受けられる」という点を強調している。 つまり、マイナ保険証の利用により、各医療機関や薬局において、患者本人の了承のもとで過去の治療内容や処方された薬剤のデータを閲覧でき、スピーディーかつ的確な医療が提供されるようになるという。 しかし、X氏は「最も重要な欠陥について、国民に対して説明していない」と批判する。 X氏:「マイナ保険証を利用した医療情報の共有には、大きなタイムラグがあります。 薬剤師の立場からすると、このことはマイナ保険証利用の大きな欠陥と言わざるを得ませんが、厚労省のマイナ保険証を推進するチラシでは一切触れていません。 薬局の薬剤師は、処方箋に基づいて調剤をするときは必ず、現在服用している薬剤の情報を参考にします。それができなければ、薬の飲み合わせや、類似の薬を含む重複投与の有無の判断に支障をきたしてしまいます。 ところが、マイナ保険証のしくみでは、最新の薬剤情報を得ることができないのです。 というのも、現在のしくみでは、集積されるデータが月単位のレセプト(調剤報酬明細書)の情報のみだからです。 どういうことかというと、薬局が、調剤報酬の保険者負担分を請求するには、翌月の10日までに、患者さんの調剤実績の1か月分のデータを専用のインターネット回線を用いて国保連合会などの『審査支払機関』に送信するしくみになっています。 マイナ保険証で確認できるのは、その情報です。つまり、薬剤の情報が反映されるには、最短でも2週間、最長で6週間程度のタイムラグがあるということです。 たとえば10月30日に受診した場合は、マイナ保険証のみでは9月30日までの薬剤情報しか確認できません」
「タイムラグ」は患者の命にかかわる重大問題
薬局と薬剤師の立場からみて、このタイムラグは看過できない重大な欠陥だという。 X氏:「薬剤はその患者さんの病状によって変更されることがあります。 患者さんが別の病気で異なる医療機関に受診した場合、マイナ保険証のみでは、受診日によっては直近の情報を確認することはできません。 直近に出された薬で患者さんの具合が悪くなっても、何の薬かわからないのです。現時点で最も役に立つのはアナログデータの『お薬手帳』です。なんでも『デジタル』であれば優れているというわけではありません。 東京都のある区のホームページでは、そういう欠陥があることに触れず、『お薬手帳の提示も不要になります』とまで記しているところもあり、重大な問題です。 また、救急医療でのマイナ保険証のメリットの実証実験のことが報道されましたが、直近の薬剤情報が確認できなければ診断・治療が全くできないことになります。 残念ながら医師会、薬剤師会などの職能団体は、こういった問題についてのコメントをほとんど出していません。 マイナ保険証を利用しさえすれば質の高い医療が受けられるかのような、誇張ともとれる表現は、実態と著しく反しています」 「デジタル化」を推進する場合、問われるのはその内実である。「デジタル化」と銘打てばなんでも優れているわけではないこと、設計に欠陥のある「デジタル」がむしろ有害でさえあることは論をまたない。 現時点では、タイムラグが生じない点ではアナログな「お薬手帳」のしくみのほうが優れていると評価せざるを得ないだろう。