愛犬10年物語(6)老夫婦と老プードルでアメリカ横断 文豪の旅たどる
アメリカのモーテルの多くは「犬OK」だ。社会全体も日本に比べてペットフレンドリーだと言われる。「それでもやっぱり制限がありますから、AAA(アメリカ自動車協会。日本のJAFに相当)が出している『Traveling with your pet』 というガイドブックで事前にペット可の宿を調べて、全泊分出発前に予約しました」
犬たちとアメリカを横断することそのものが目的であり、特定の場所に行きたいとか、具体的な何かを見たいという旅ではなかった。夫妻で交代して運転し、1回の移動距離は200キロから450キロほど。到着した町にはそれぞれ2、3日滞在した。早朝5時には起きて、犬たちの散歩。朝食をとって、7時半ごろには周辺の散策や次の目的地に向かうという日々を過ごした。犬と入れるレストランが限られていたこともあり、食事はほとんど現地のスーパーで調達し、モーテル備え付けの電子レンジやキッチンで自炊した。
車の旅であれば、犬を車に待たせてレストランや美術館に入ることも可能だっただろう。しかし、小川夫妻はそれを一切しなかった。「必ずどちらかが犬と一緒にいるようにしていました。9月の西海岸はまだ暑かったし、特にアメリカでは車中に放っておいたら動物虐待だと言われますからね」
リベンジが突き動かした「日常の旅」
『チャーリーとの旅』の冒頭近くで、スタインベックは3か月の旅に出る前の冬に「かなり深刻な病にかかった」と書いている。当時のスタインベックは58歳で、8年後の66歳で亡くなっている。アメリカ人作家として「アメリカ」をしっかりおさらいしておきたいという責任感のようなものが、余命がそう長くはないと悟った彼を旅に突き動かしたのではないだろうか。
リタイア世代の小川夫妻にも、それに少し似た心理があったようだ。大阪を拠点とする夫妻だが、1994年から98年までの4年間を丈三さんの転勤によってニューヨークで暮らしていた。夫妻とも根っからの犬好きで、コリーやシェパードなどを飼ってきた。ニューヨークへも柴犬を連れて行った。ただ、その頃の丈三さんはバリバリの現役世代。大企業の支店長として仕事最優先の日々を送る中で、犬連れの長期旅行など夢物語だった。 だから、小川夫妻にとっては今回のアメリカ横断の旅は当時のリベンジのような側面もある。ダンディは、アメリカ時代の友人(本連載の前回に登場した乙幡範さん)宅のスタンダード・プードルの子供。帰国後しばらくして18歳で亡くなった柴犬のペットロスを救ってくれた心優しい伴侶だ。リタイア後もまだまだお元気な小川夫妻だが、ダンディと自分たちの年齢を考え合わせて、今が最大にして最後のチャンスだという思いが、旅を実行する大きな原動力となった。 「でも、特別なことは何もありません。普段の生活をそのままアメリカに持ち込んだ『日常の旅』ですよ」