愛犬10年物語(6)老夫婦と老プードルでアメリカ横断 文豪の旅たどる
異国の地でも交流のきっかけは犬
「日常は美しい」――。幼い頃から親の仕事などで世界中を転々としてきた筆者も、国や地域ごとの珍しい風物以上に、どこにでもある普遍的な日常にこそ、安らぎや人生の価値があると悟った。だから、範子さんが冗談交じりに「実の子供よりも愛おしい」という犬たちとの「日常」にこそ、どこに居ようが幸せを感じるという話には、大いに納得出来る。
その見知らぬ土地での日常に、一期一会の出会いというスパイスをふりかけてくれたのも、ダンディだった。大きくて美しいスタンダード・プードルはやはりアメリカでも注目の的だったようだ。「きっかけは、やっぱり犬ですわ。ダンディがね、向こうでも目につくんですね。パッと見て人が寄ってきてね」 スタインベックも次のように書いている。「犬というものは、特にチャーリーのような外来種は、見知らぬ者同士のつなぎ役となる。道中、たくさんの会話が『何て種類の犬ですか?』との質問がきっかけで始まった」
ダンディを見て話しかけてきた人たちは、次に範子さんがショルダーバッグに入れて抱えているミミに気づく。「それを見て、あら、生きてる!Oh baby !って思わず頬ずりしたり抱っこしたり。アメリカの人は表現力が豊かやから、Pretty、Great、Gorgeousと、色々な仕草を交えながら褒めてくれました」
一期一会の「心」の出会い
日本から旅行で来たと言うと、たいていの人は驚いた。犬を連れているので、せいぜい隣の州から来た程度に思われることが多かった。「犬をきっかけに話がはずんで日本から来たと言うとね、日本の話で盛り上がる。中には『朝鮮戦争後に日本に滞在していた』という退役軍人や、弟の嫁が日本人だという人もいてましたね。サムライの魂を尊敬しているとか日本が大好きだからと、親切にしてもらったこともありました」 旅の終盤で泊まったマサチューセッツ州の小さな町のB&B(ベッド&ブレックファスト。日本でいう民宿)でも、主の老夫婦が「娘が日本に住んでいたことがありましてね。今でも日本に帰りたいと言っているんですよ」という親日家。小川夫妻と犬たちを大歓迎してくれた。秋の東海岸の燃え立つような紅葉に囲まれた散歩や小さな町の牧歌的な生活、手作りのメープルシロップなどのもてなしに感激した。父が書道家で自身も書をたしなむ範子さんは、お礼の意味を込めて色紙に「心」という書をしたため、B&Bの夫妻にプレゼントした。