欧州難民問題で注目の2つの制度 EUの「一つの共同体」理念揺らぐ
「ダブリン規制」適用外の国から西欧へ
ヨーロッパ各国が直面している難民問題において、シェンゲン協定同様に重要視されるのが「ダブリン規制」と呼ばれる欧州各国で難民の扱いに関して定めた共通ルールの存在です。1990年にアイルランドのダブリンでEU加盟国によって署名されたダブリン規制は、「最初に難民が到着した国が、難民の扱いに責任を持つ 」ことを定めており、3度の修正を経て、現在ではEU以外の4か国(スイス、ノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタイン)でも適用されています。当初は庇護申請者の待遇を守るために、最初の到着国が申請者の扱いに責任を持つことで合意していました。 しかし、21世紀初頭からつい最近まで、西ヨーロッパを目指す難民の多くは北アフリカや東アフリカ出身者で、最初に船でイタリアに入り、そこからドイツなど別の国を目指すケースが後を絶ちませんでした。しかし、イタリアを通過して、他国で難民申請を行っても、ダブリン規制によって最初に到着した国に送還されることが珍しくありません。ドイツ、スウェーデン、スイスといえば難民の受け入れに積極的なイメージがありますが、2013年のデータでは最も多くの難民申請者をダブリン規制によって送還したのがこれら三か国で、結果的に最も多くの難民を行け入れたのがイタリアでした。 しかし、悪化の一途をたどるシリア内戦によって推定400万人以上の難民が発生しました。シリア難民の中には、トルコやギリシャから東欧に入り、そこから西ヨーロッパを目指す人も少なくありません。ギリシャから西ヨーロッパを目指す際に、ダブリン規制を批准していないバルカン諸国のマケドニアやセルビアが通過点として選ばれるのも今回の難民問題の大きな特徴です。ダブリン規制適用外の国から西ヨーロッパを目指すことによって、送還されるリスクは大幅に減ります。
難民問題に対して欧州でも温度差
ドイツ政府は8月、シリア難民に限ってダブリン規制を適用しないと発表。9月には80万人の難民受け入れを表明し、EU加盟国に難民受け入れの分担を求めました。シェンゲン協定やダブリン規制が当初の目論見通りに機能しない中、欧州各国における難民問題は、各国の経済的な事情などもあり、受け入れに対して今も大きな温度差が存在します。難民問題によってヨーロッパ全体で掲げてきた人道主義の理念が揺らぐだけではなく、国境管理や難民受け入れ負担においても見直しを求める声が高まっており、共同体としてのヨーロッパの理念を崩壊させる可能性も指摘され始めました。 (ジャーナリスト・仲野博文)