建築のストーリーテラー、 イワン・バーンの撮る写真の世界。
建築写真のトップランナーとして知られるオランダの写真家イワン・バーンの初の回顧展『Iwan Baan: Moments in Architecture』が現在、ドイツの〈ヴィトラ デザイン ミュージアム〉で開催中だ。有名建築家の作品だけではなく、それぞれの建築の背景にあるストーリーまでも写し込む、彼の写真の魅力とは何だろう。 【フォトギャラリーを見る】 建築のことは何も知らなかった。 イワン・バーンという名前を知らずとも、建築好きならば彼の撮った写真は必ずや見たことがあるはずだ。なぜならザハ・ハディド、SANAA、ヘザウィック・スタジオ等々、当代一流の建築家たちが彼に作品の撮影を依頼し、雑誌や作品集などで広く使用されているからだ。しかし、バーンは決して自身を“建築写真家”とは呼ばない。そのわけは現在開催中の『Iwan Baan: Moments in Architecture』を見るとわかってくる。 彼が建築に関連する写真を撮るようになったのは、2004年、建築関係のイラストレーターの友人を介して、当時撮っていた実験的写真をレム・コールハースに見てもらう機会を得たことがきっかけだった。建築の知識はほとんどなかったバーンに、コールハースは竣工したばかりの作品の写真撮影をいきなり依頼し、それが北京で着工を間近に控えていた〈CCTV本部ビル〉の建築行程を撮る仕事につながった。幾度となく北京を訪れてバーンが撮った写真には、もちろん建設中の工事現場が写っているのだが、そこには現場で暮らしながら工事に携わる人々の営みも写し出されていた。食事をし、休憩時間にゲームをし、そこらで昼寝をし、洗濯物を干す……。
通常なら建物にのみフォーカスするものだが、バーンの写真は建築写真の範疇を超えてドキュメンタリーといえるものだ。実はバーンは大学でドキュメンタリー写真を学んでいるのだが、このような写真をコールハースが初めから期待していたかどうかはわからない。が、コールハース自身がジャーナリストであったことを考えると、バーンにこの仕事を依頼したのは何か意図するところがあったのかもしれない。 時は北京オリンピックが開催される前、北京は空前のスピードで変貌を遂げていた時期だ。至る所で新しいビルが続々と建ち上がり、毎日スカイラインが変わっていく一方で、古い街並みや昔ながらの人々の暮らしが残るという対比に特に魅せられたバーンは、ヘルツォーク&ド・ムーロン設計のオリンピックスタジアムの建築現場も撮り始める。もちろん、周囲の人々の暮らしも。こうして見てみると、写真家として初期の段階から彼のスタイルは定まっていたことがわかる。