「認知症予防」や「アンチエイジング」にも貢献

──研究成果の社会的な意義や価値について、お聞かせください。

藤木氏：ペルオキシソーム欠損症患者が重篤な脳中枢神経疾患を発症するメカニズムの解明は、今後、治療薬開発などにおいて重要な情報になると思います。ただし、ペルオキシソームそのものを作ることは容易ではないので、実用化までにはまだ時間がかかるでしょう。 　なお、単一タンパク質欠損症としてペルオキシソームに関連する病気としては「副腎白質ジストロフィー（ALD）」があります。これは、1992年に公開された「ロレンツォのオイル／命の詩」という米国映画で扱われました。副腎白質ジストロフィーに冒された息子を救うため、両親が奮闘する姿を描く実話を基にした映画ですが、最終的に両親は「ロレンツォのオイル」と呼ばれる治療法を開発します（注1）。 注1） 特定の不飽和脂肪酸を含むオイルを摂取する治療法。病気の進行を遅らせる効果があるとされているが、すべての患者に効果があるわけではないとされる。 　また、ペルオキシソームは「プラズマローゲン」というリン脂質の一種の生合成に関わります。これは高い抗酸化作用を持ち、酸化ストレスによって引き起こされるさまざまな病気から私たちの身を守っていると考えられています。 　ただ年齢とともに減少し、またアルツハイマー型認知症でも減少すると言われています。このため、アンチエイジングや認知症予防の観点から、プラズマローゲンをサプリメントとして提供されるようになり、認知機能対策として期待されています。 ──ペルオキシソームの研究が、生命の仕組みの解明から病気の治療まで、新しい研究につながっているわけですね。

既存研究にもたらした「パラダイムシフト」

──藤木さんの研究は、従来の研究にパラダイムシフトを起こしたと聞いています。何が画期的だったのでしょうか。 藤木氏：細胞が酸化ストレス（細胞が活性酸素種〈ROS〉などによりダメージを受ける）状態になると、BAKというタンパク質がミトコンドリア（細胞のエネルギー工場）に移動して、細胞死を促進します。しかし、同じBAKがペルオキシソームに作用すると、ペルキオキシソームは内部に持っているカタラーゼという酸化ストレスを低下させる酵素を細胞の液体部分（サイトゾル）に移動させて細胞を守ります。 　分かりやすく言うと、「もうだめだ！死ぬしかない」と自死を選ぼうとするミトコンドリアに対して、ペルオキシソームはカタラーゼをサイトゾルに移動させて、「待て、早まるな！まだ望みはある」と待ったをかけるわけです。 　一方で、ペルオキシソームが欠損している患者の細胞では、カタラーゼが常にサイトゾルに存在しており、その結果、BDNF-TrkBという神経の成長に重要なシグナル伝達系がうまく働かず、神経系に重大な障害が生じることも分かりました（上図のB）。 　つまり、カタラーゼが細胞内のどこに存在するかによって細胞の機能が大きく変わるのです。これが、カタラーゼ研究に新しい視点を提供しました。 　また、「オルガネラ欠損症」という概念を生み出しました。それまで、オルガネラの酵素が欠損して病気になることがあるのは分かっていましたが、細胞内の巨大な構築物であるオルガネラそのものを造れないことで起きる病気の存在を実証したのです。