「昼寝うさぎ」が引き起こした福島甲状腺検査の過剰診断問題。専門家が語る「甲状腺がんの自然史」【上】
◆生命予後に影響しない「昼寝うさぎ」とは
ーーこれまで書いてきた「福島甲状腺検査と過剰診断」の記事には、「なぜ甲状腺がんは予後が良いと言えるのか」といった意見が多く寄せられました。 がんという病気は長らく良性の腫瘍が悪性化してできるとされていました。だから早期発見・早期治療が常識だったのです。しかし近年、甲状腺がんについてはその常識を覆すデータが複数出てきました。 まずは韓国のケースです。2000年以降に超音波検査が普及した結果、甲状腺がんの罹患率が大きく上がり、2011年には検査開始前の1993年と比較して約15倍になりました。 多くは1センチ以下の微小がんでしたが、手術で全て摘出しても甲状腺がんの死亡率は変わりませんでした。しかも、そのうちの多くが頸部リンパ節などに転移していたのです。 つまり、転移までしておきながら患者に悪さをしない甲状腺がんが多数あることが、このデータからわかりました。早期の手術も無駄だったといえるでしょう。 国内でも甲状腺疾患の専門病院「隈病院」(神戸市)のデータがあります。大人が超音波検査をすると、200人に1人の割合で微小がんが見つかることから、同病院では手術ではなく経過観察(アクティブサーベイランス)という方針が取られています。 その経過観察のデータから、微小がんの成長はかなり遅く、若年期にしか増大しないことがわかりました。同病院では1000例以上の経過観察がされていますが、死亡例やより悪性度の高いがんに変化した例は一つもありません。 ーーつまり甲状腺がんの場合は良性の腫瘍が悪性化するタイプではないということですか。 転移はするが、途中で成長を止め、生命予後に影響しないがん、すなわち「Self-limiting Cancer(セルフリミティングキャンサー)」が実際に存在するということが、甲状腺で初めて証明されたのです。 途中で成長を止め、生命予後に影響しないタイプのがんは、「昼寝うさぎ」とも言われています。 イソップ物語の「うさぎとかめ」の話では、うさぎはスタートから速く走りますが、途中で昼寝をしてかめに抜かされてしまいます。これが若年期には増大するも、途中で成長を止める甲状腺がんと似ていることから、「昼寝うさぎ」と名付けられました。 ーーしかし、実際に甲状腺がんで亡くなっている人はいます。 甲状腺がんによる死亡を引き起こしているのは、中年以降に突然出現する別のタイプのがんです。成長を止めないないため、がん死につながります。これを「Lethal Cancer(リーサルキャンサー)」、「高齢型甲状腺がん」と言います。 福島で見つけているのは、幼少期に急速に増えるものの、そのうち成長を止め、臨床症状を出さないがんです。これは先ほど申し上げた通りセルフリミティングキャンサーで、「若年型甲状腺がん」といいます。 成長が非常に早く、まれに若年期の臨床がんになるケースもありますが、これも成長を止めるため、患者のがん死につながることは基本的にありません。 このように最近わかってきた「甲状腺がんの自然史」は、私が2000年に提唱した「芽(が)細胞発がん説」で予想した通りでした。